2009/02/04

フォーリン・ダウン

きょうは晴れて、気持ちのいい一日だった。

朝、目が覚めると、ぼくはマンションの屋上に上って鳥小屋の扉を開け放った。するとハトたちが勢いよく飛び出し、青空に羽ばたいていった。ぼくはラッパを吹いた。冷たい朝の空気の中を、ラッパの音が響いてゆく。

それから、ハトに餌をやって(毎朝、ラッパを吹き終わると餌をやることになっている)、きのうの夜拾ってきたシータに朝ご飯をつくってやった。ぼくは、

「空から降ってきたから、天使じゃないかと思っちゃったよ」

という決め台詞で口説きにかかったのが、無邪気なのか、それとも経験豊富なのか、かるく受け流されてしまった。空から落ちてきたくせに、かんたんには落ちない女だ。

それから、空賊や自衛隊に追いかけ回されたりしたのち、ラピュタをめざした。

ラピュタは空のどこかに浮かんでいるという伝説の島だ。むかしぼくの父さんが写真をとってきて、何度も話をしてくれた。街の人たちはラピュタの存在を信じなかったけれど、ぼくの父さんは嘘つきじゃない。きっとあるって、信じてたんだ。

ぼくたちはいくつもの困難を経てラピュタを発見した。シータの命を何度か救い、最終的にはシータに「ぼくの部屋に来なよ」と言ったら「うん」と答えたのですごく嬉しかったんだけど、そんなこんなで昼過ぎになった。

きょうは、ドイツ語検定の結果が郵送されてくる日だ。

3時くらいに郵便受けをチェックすると、そこには一つの小さな茶封筒があった。待ちきれないとばかりに封を破って、中の紙を取り出し、読む。すると、

「不合格」

とあった。

「そ、そんな‥‥‥。うがぁ!」

ぼくは叫んだ。そして、がっくりとうなだれた。「不合格」という文字は、どういいように解釈しても「合格」ではなかった。 「不」という漢字が頭についてるってことは、それは否定の意味であり、「合格」ではないってことだ。要するに、落ちた。

そう、ぼくは負けたのだ。ううぅ‥‥‥。

「パズー、どうしたの? そんな悲しそうな顔して‥‥‥」

シータが、布団で胸を隠しながら、ベッドからぼくに言った。

「ドイツ語検定に、落ちたんだ」

「まぁ」

飛行石があっても試験には落ちるんだね、なんて下手な冗談を言いながら、ぼくはまたベッドにもぐりこんだ。

今回の試験は、面接を甘く見すぎていたようだ。なんとかなるだろうと軽い気持ちでいて対策をほとんどしていなかった。この不合格通知は、一種の、神のイカヅチであろう。

シータが落ちてきて、恋に落ちて、シータを落として、試験に落ちて、そんな、落ちっぱなしの一日だった。

2009/01/29

クジラの挫折と成功

クジラは、要するに負け犬だ。

クジラは、海中で生活しているのに哺乳類である。この意味を、考えてみよう。

生物は海で生まれた。そっから微生物の段階でずっとだらだらしてて、魚になって、両生類になって、地上に這い上がってきた。生物のサクセスストーリーは順調だった。

しばらくして、サンショウウオ的なもんが哺乳類になった。犬的なものになったんだ。毛もふさふさだ、たぶん。生物は地上での生活を謳歌しはじめた。

「風って、気持ちいいよね」

なんて、魚たちの方を見下しながらさらっと口にしてたはずだ。

「あ、ごめんごめん。きみたちにはわからないか、この感覚」

なんつって。

さらに続くあいつらの成功の軌跡。あるものはでっかくなり、あるものは空を飛び、あるものはお腹に袋をくっつけておやつのクッキーを入れて嬉しさのあまりぴょんぴょん飛び跳ねたりして、そうやって楽しんでたんだろう。

だが!

ここで出てきた、やさぐれ野郎。ザ・KY。クジラの祖先である。こいつらはあろうことか、海に戻って行きやがった!

「あたし、やっぱり陸上はだめだわ。海に戻ります」

なんという負け犬根性だろうか。なんたるガッツのなさだろう。みんなが地上で、さあこれからがんばろうというときに、海に戻るなんて。

その姿はまるで出戻り女房。

「あたし、あの家ではやっていかれへんわ。ごめんな、お母さん」

28歳の鯨子は実家(海)に戻る。陸という嫁ぎ先はあまりに環境が違いすぎて、そこで強く生きてゆくだけの適応能力が、彼女にはなかったのだ。近所の人たち(魚)の目も冷たい。

(あれ、あの人‥‥‥潮田さんちの娘さんだわ。きっと姑にいびられて帰ってきたのね)

すると、貝(ひきこもり)は貝で、殻の中でキーボードをかちゃかちゃやって、

「出戻り乙www」

「ホ乳類なのに海で生活とかwwwwっうえwwwっうぇwww」

といった書き込みをしていただろう。

海に戻った、といっても、もう魚とおなじように生きるわけにはいかない。彼女にはもう鱗はないのだ。ヒレもない。できちまった手足を、なんとかまた水中に適応させて、生きるしかないのだ。

(ああ、やっぱりあたし、海の中がいちばんだわ。あんなパサパサしたところ、もう二度と行かない)

こうしてクジラは海へと戻った。哺乳類であるというハンデを負って。

だが、長い年月のあいだに、クジラはがんばった。すごく、がんばった。ときどき地上に出て呼吸をしなければならないというハンディキャップを乗り越え、繁栄し、史上最大の生物にまで登り詰め、潮吹きというパフォーマンスまで生み出したのである。なんという強さだろうか。


えっと‥‥‥はじめはクジラが負け犬なんじゃないか、と思って書きはじめたんですが、よく考えてみると、そんなことはないだろう、という方向に傾いてきました。クジラは実は、尊敬すべき勝者なのかも。

「あのとき、あたしはたしかに負けたんです。陸での生活に耐えられなかったあたしは、たしかに弱い女だった。けど、その失敗をバネにして、ここまでがんばることができました。これをごらんのみなさんも、一度や二度の失敗でくじけず、何度でも挑戦してください。そしたら、いつかきっと、夢が実現する日がくるはずです」

クジラは、なんてすばらしいんだろう。

2009/01/28

意外と家父長的

イタリア語の試験で出された問題文がおもしろかった。

それはだいたい、こんな話だった。

昔々あるところに、聖ヨセフの熱心な信者がいた。ヨセフというのは、あの大工の、イエス・キリストの父親だ。

この信者の男が死んだとき、天国の入り口のところで、門番をやってる聖ペテロにこう言われた。

「あんたを天国に入れてやるわけにはいかない。だって、ヨセフの他の聖者には祈りを捧げなかったし、いい行いもしてこなかったんだから」

すると、ヨセフ命の男は言った。

「で、でも、せめてヨセフ様に会わせてください!」

すると、ペテロはしぶしぶヨセフを探しに行き、ヨセフを連れてきた。ヨセフは信者の男に会って、天国に入れてやろうとした。すると男は、

「い、イヤ、だめなんです。ペテロさんが、だめと言ったもので‥‥‥」

これを聞いたヨセフは激怒。ペテロにこう言い放った。

「こんのやろう! もしお前がこの信者を天国に入れてやらないと言うんだったら、おれは女房のマリアとせがれのイエスを連れてここを出て、天国の場所を移転させてやるぞ!」

聖母マリアと主イエスの陰に隠れてめだたない父ヨセフだけれど、実はこんな、父親らしい男だったのである。天国移転のときの光景は目の前に浮かぶようだ。

「おい、お前ら、天国の場所を別のとこへうつすからついてこい!」

「父さん、どうしたんだ急に? そんなかんたんに天国を移動させられるわけないだろ?」

「父親に口答えするな! お前、ちょっとちやほやされてるからって調子にのるなよ!」

「あなた、やめてください。ちょっと落着いて!」

「マリア、お前まで口答えするのか? 女房は黙って亭主についれくればいいんだ。行くぞ!」

主イエスと聖母マリアを黙らせるヨセフ。なんて力強いんだろう。


私も、もしクリスチャンになるなら、ヨセフにだけは余分に祈りを捧げようと思う。

2009/01/27

さよなら、ブラック・スポット

ヘソの下のあたりに、黒いものができた。それが少しずつ大きくなり、ホクロのようになった。

こいつはなんだろうと、ずっと気にはなっていた。もし私のヘソの下が太陽であるなら、それは黒点に違いなかった。だが、あいにくあんなにピカピカ光ってない。温度もせいぜい37度とかだろう。そもそも、私は天体ではない。

黒点説が却下されたとなると、皮膚の異常に違いない。

私は、気もそぞろになった。

こんなホクロのイミテーションみたいなもんができた日にゃ、皮膚がんの危険を疑ってしまう。よく言うではないか。変なホクロはやばいって。

夜、風呂に入って自慢の生唾ゴックンボディを洗って出てくるとき、下腹部のそいつを見つめ、いよいよ皮膚科に行かなければいけないか、と憂鬱になった。ああ、もしかしたら、麻酔をされてメスで切除されるのかもしれない。いや、麻酔があればいいが、もしかしたら医者がクールポコの坊主の方で、

「やっちまったなー!」

といったあと、

「男なら、ガマン! 男なら、ガマン!」

とか言い出すかもしれない。杵をメスに持ち替えて、男らしいオペをやりだすかもしれない。

い、イヤだぁ‥‥‥。イヤだぁ!!

いくら小さい頃からガマン強い子だと言われ続けてきた私でも、それだけが取り柄だった私でも、皮膚を切除するのには抵抗がある。そんなのぜったいに、オバマが土下座で頼んできたって、あ‥‥‥

取れた‥‥‥。

爪でチョイチョイとやったら、ぽろりと取れました。

人体の異物排除機能というのは、すばらしいですね。

2009/01/26

ドイツ語検定準1級(面接)

さて、昨年11月末ごろ、私はドイツ語検定の筆記試験を受けてきたんですが、合格最低点60点くらいのところを64点くらいでギリ合格しまして、きょうは面接を受けてきました。

場所は、関西大学。

京都から電車を乗り継ぎ、はじめてやってきた関西大学。駅からキャンパスのあいだにはいろんなお店があって、お祭りのときの夜店みたいでわくわくしました。キャンパスに入ってみるとそこは広くてきれいな場所で、わくわく感はさらに増大。

それで、なだらかな坂のあるキャンパスを──ドイツ語風にいうとカンプスを──「こっちだよー! おいで!」という看板にしたがって進み、受付を済ませ、控え室に入りました。

するとまあ、女の子しかいない。

筆記のときも女性率は高く、もしこれが囲碁ならどんな神の一手をもってしても逆転は無理だろうって雰囲気だったんですけど、そのときをはるかに超える女性率。思わず「大奥か!」とツッコミたくなるほど。

「あれ、ここは女の子用の控え室かな?」

「むしろ、ドイツ語検定って女の子用だっけ?」

などという不安もわき起こる始末でした。

あー、そういやこういう系のアレをどっかのサイトで見たっけなーと非社会的な回想をしていますと、男性も入室してきました。最終的に、その控え室には20人ほどの受験者が集まって、私以外の男性は2人でした。1人は白髪の紳士、もう1人は学生風の青年。

けど、後者の男は女性同伴で‥‥‥っていうか、つぶさに様子を観察していたところ、女性の方が受験者で男はたんに付き添いだったっぽく、私は心の中で「シャイセ」(英語でいうところのshit)とつぶやきました。

ほどなく、私の順番がきて、面接の部屋に入りました。

「ぐーてんたーく」(こんにちは)

面接官は日本人男性とドイツ人女性のふたりでした。もっぱらおばさんの方が質問をしてくるようです。

「いっひはいせ、しみず」(清水ともうします)

「いっひこめ、あうす、きょうと」(京都からきました)

など、軽い自己紹介をし、それから、サッカー場の写真をみせられ、それについていろいろと質問攻めにあいました。

こいつは、予想外です。

準1級というのは今回新設された級で、傾向がまったく読めなかったのです。そこで、前回までの同等レベルの級である2級とおんなじだろどうせ、と思っていた私には寝耳に水。かなりたじろぎ、ふだんは勇敢さに関してはアレクサンダー大王と並ぶと思っている私も少しちびってしまいました。

さらにわるいことに、そのサッカーの写真を皮切りにスポーツについて質問をされ、私は答えに窮してしまいました。なぜなら、過去、人生において、体育の授業でやらされた以外はスポーツなどしたことがなく、試合観戦に行ったこともなく、テレビ中継もみたことがない──っていうかテレビそのものを持ってない、というありさまなのですから。ドイツ語どうこう以前の問題です。

「いっひはーべ、かいん、ふぇるんぜーえん」(テレビ持ってません)

すると、面接官も「こいつはアカンわ」と思ったのか、話題を切り替え、

「ばすいすとぅ、いーあほびー?」(趣味はなんですか?)

と訊いてきました。

私は「しめた!」とばかりに、京都のカフェ巡りだ、と言いました。すると、予想通りに面接官のおばさんは、

「いんてれさんとぅ!」(興味深いわ!)

と食いついてきたので、「築地(つきじ)っていうお店がいちばん好きです」とか、その話題について後半はおしゃべりをし、あっという間の7分が過ぎたのでした。

「だすいすとぅあれす」(これで終りです)

と面接官がいい、試験は終了。私が

「だんけしぇーん。あうふびーだーぜーえん」(ありがとうございました。さようなら)

と言って退室しようとすると、

「その築地というお店はどの辺りにあるんですか?」(その築地というお店はどの辺りにあるんですか?)

と、そのおばさんが非常に流暢な日本語で訊いてきました。

「四条河原町をちょっと北にいって東の方の路地を入ったところです」(四条河原町をちょっと北にいって東の方の路地を入ったところです)

と私は答えました。

「こんど探してみます」(こんど探してみます)

きっと、彼女はほんとに行くつもりでしょう。

それと、隣にいたおじさんは終始苦々しい顔で私のことを見つめていました。どんな感じで評価されたかわかりませんが、今回の試験を反省してみると、文法がないがしろになってしまった気がします。

「文法のとらわれずにしゃべろう!」

と思ってたら、逆にとらわれなさすぎだろう、という感じになってしまいました。適当にしゃべりすぎました。あと、もう一つ改善点を上げるなら、テレビを買ってスポーツを見るべき、というところでしょう。


その後、私は大学のキャンパスを──ドイツ語風に発音するとカンプスを──ぶらりぶらりと散歩しました。途中、大学の中だというのに博物館があったりして、私はもう一度、ほんの少し、ちびってしまったようです。

2009/01/25

恋愛論考(1)

今日は我ながら驚くような発見をしてしまった。

これだけ「わかった!」と叫びたくなる大発見は久しぶりである。

私は夕方頃、某ネッ友とチャットをしていたのだけれど、そのとき、2歳年下のその友人からこんなことを言われたのだ。

「清水さん、そんなこと言いながらモテるんじゃないですか?」

と。お互いにモテませんねぇ、という話の流れでのこの一言である。だから、私は言ってやった。

「いえ、なにかのバグかってくらいモテませんよ」

と。

このとき、私に真理の女神が微笑んだ。

そう、これはバグだったのである。人生が神というプログラマーのつくったゲームだとすれば、私はプログラムされた被造物である。その私に、ほんの少しのバグが、システム上の不具合が含まれているのである。神の手違いで。

それしか考えられない。

っていうか、そう考えると、24年間のつじつまが、すべて合ってしまうのである。

しかも、このチャットでわかったのはそれだけではない。話の流れの中で、具体的にどんなバグであるのかまで明らかになってきた。三人寄れば文殊の知恵。いや、二人だったけど、文殊的な知恵が生まれたのだ。

つまり、こういうことだ。

私という被造物のプログラミングの際、神はカップルと漫才コンビを逆に設定しちゃったんじゃないか、ということだ。

わかるだろうか?

「つきあう」という行動と「漫才をする」という行動とを逆にプログラミングしてしまった、ということだ。私が女性とつきあおうとすると、相手の側では受け取り方が違ってしまうのである。バグがあるから、そこんとこでズレが発生する。

「表象が認識を規定するのではなく、認識が表象を規定するのだ」

といったのはドイツを代表する哲学者のカントだが、私の中の先天的なカテゴリー的なもんが狂っちまってるのだ。バグってて、あべこべになっているのだ。だから、恋人ができないのである。なぜなら、相手にとってそれは、相方探しとして認識されてしまうのでからっ!!

ハァハァ‥‥‥。申し訳ない。あまりの大発見に、日記だというのに噛んでしまった。ひっひっふー。ひっひっふー。落着こう。


たとえば、私がこう言うとする。

「きみが好き。つきあって」

と。すると、バグによって変換されて、相手の女の子にはこう聞こえる。

「ジブン、おもろいな。漫才やろや」

と。

すると、たいていの女の子は漫才をやろうという気はないだろうから、断るのである。

「ごめん。漫才なんかできないよ」

これがまたしても変換により、私の耳には

「ごめん。清水くんとはつきあえないよ」

になるという寸法だ。

なんという理不尽だろう。そして、滑稽な話なんだろう。私は過去ずっと、好きな子に告白してるつもりで、実際には漫才の相方探しをしてたことになるんだから。

ああ、通りで、いつも失敗するはずである。


けれど、もう気づいた。このトリックに、気づいてしまった。ゲームにおけるバグが不具合を生じさせつつも、利用の仕方によってはデメリットを回避できるように、この私のバグも、仕組みがわかったからにはなんとかなるはずである。

そう、漫才の相方を探せばいいのである!

私は、こう言えばいい。

「ジブン、センスあるなぁ。おれと組んで漫才やらへん?」

すると、このことばはこんなふうに変換されるはずだ。

「きみはなんて魅力的なんだろう。ぼくと付き合ってくれないか?」

これでようやく、私は好きな子に、ほんとの意味で、告白ができるというわけだ。そしたら恋人も出来放題だ。なんてすばらしい現実なんだろう。

私はこれから、この方法を実践していきたい。ずっと漫才コンビという意識でつきあっていって、最後はこう言うのだ。

「おれと、M-1めざそうぜ!」(訳:結婚しよう!)


結婚式当日、私と新婦はあの音楽にのって登場する。

ガンガンガンガンガンガンガンガンガーンッ!!!

「はいどーもー、新郎新婦でーす!」

「きょうは私らの結婚式に来てくれてありがとうございますぅ。あれ? ウェディングケーキはモンブランでお願いしとったはずやけど」

「そんなウェディングケーキみたことないわ!」バシ

みたいな式にしたい。


えっと、なんの話だったっけ?

2009/01/24

リライト

運転免許の書き換えにいってきた。

前回、3年前の書き換えのときは、駅から第六感だけを頼りに徒歩で免許センターまで往復したのだが、今回の私はちょっと違う。3年という月日を経て、私はバスに乗るという選択肢を知ったのだ。「公共交通機関」というものの存在を、私は学んだのである。

「ぱらららっぱっぱっぱー。シミズはレベルが24になった。「バスに乗ること」を覚えた」

という声が、前回の誕生日のときに聞こえて、そして更新のお知らせもきたのである。

駅からバスに揺られること三十分ほど。まともな現代人が徒歩でいこうとする距離じゃねぇなぁとか思いながら免許センターに到着。3年前は、遥かに遠くて、川を越え国道沿いを歩き土手を伝って、しまいにはフェンスをのりこえて来た免許センターに、切ないくらい早く着いた。

更新の窓口にゆくと、もう列の最後尾は建物からはみ出している。なかなか、混んでいる。私は1番の窓口からずっと並んで、次々に手続きを踏んでいった。そして、2階でいよいよ講習の開始だ。

前回の更新のとき、私は一般ドライバーではなかった。

そのとき、私は最低ランクに位置づけられていた。免許取得から、度重なるバイクでのスピード超過により、極悪ドライバーに認定されていたのである。講習時間も長けりゃ、受講料も高かった。しかも、

「きさまらは交通社会のクズだ、ゴミだ! 交通事故の加害者予備軍であるきさまらウジ虫どもに交通ルールをきっちり叩き込んでやる! 覚悟しやがれ!」

などと耳元で怒鳴られ、心を壊されたのである。嘘だけど。

けど、今回はそんな上官によるいびりもなく、見事、一般ドライバーとして更新の講習会にのぞむことができた。なによりである。

講習会は1時間。私は、それほどやる気はなかった。適当に聞き流して終りだ、と思っていた。まるでやる気のない大学生のようなスタンスでいた。

が、講習会を担当してたおじさんの話術は思ったより巧みであり、気づけば話にひきこまれ、あっという間に1時間が過ぎていた。さいきんの交通事故の動向とか、後部座席でもシートベルトをしてないと天井に頭をぶつけて死ぬんだよ、とかいう話が興味深かった。ただ、京都のバイクは運転が適当で危ない、という話をしているときに

「京都でミニバイク運転してるやつはろくなやつがいないんですよ。学生ですよ。あんのボケども。車間距離はとらないしすり抜けはするしでもう、ろくでもないアホボケカスどもめ!」

なんてことは言わなかったんだけど、そんな雰囲気のことを、主におじさんおばさん目線で言いはじめたので、ぎり大学生である私はなんだかいたたまれない気持ちになった。

でも、ま、無事、免許の更新は終了したのでよかった。あと、車の種類分けの変更で、私の「普通免許」が「限定中型免許」に化けたのがちょっと嬉しかった。おれの免許はもう普通じゃねぇ、中型だ! と言えるのだ。

なにはともあれ、暗いビデオを見せられ、道路の恐ろしさも改めて学んで、これからも無事故無違反で安全運転を心がけようと、私は誓ったのでした。

私はこれから、最高の安全運転を心がけようと思います。

すなわち、「車やバイクに乗らない」という、最高の安全運転を‥‥‥。

2009/01/23

コラボ日記を終えて

忘れるところだったけど、去る13日、コラボ日記なるものをやってみた。ちょっとそのことに触れておこう。

この企画は、昨年の12月、石戸さんの発案で立ち上がりました。そこからSkypeのチャットを利用した数回に渡る綿密な打ち合わせを経て、あのようにすばらしい一大ムーヴメントとなったのでした。(少し誇張してます)

テーマは紆余曲折を経て「成人の日」ということになりました。なぜか成人の日当日ではなく、その翌日に日記がアップされるという、そんな不思議な現象も起こったのですが、コラボ日記は大盛況のスタンディングオベーションで幕を閉じた、といってよいでしょう。(やや誇張してます)

なにより、私が予告の段階でいじわるにもハードルをぐわっと上げたにもかかわらず、彼がそれを難なく飛び越えたという事実に、私は満足しています。


「きっと彼なら、石戸さんなら、抱腹絶倒のおもしろーい日記を書いてくれるはずだ。有名サイトの運営者たちが裸足で逃げ出しちまうくらいの、ユーモアあふれる日記を、きっときっと、書いてくれるはずだ。」


このあおり文句によって、ハードルはそれまでの1m20cmから15mくらいになったでしょう。こりゃもう、背面跳びでも無理です。そこらへんのアスリートじゃ、どんだけがんばってもハードルに触れることさえできない。

そこで石戸さんが、颯爽と登場。

彼は、だれにも超えられないと思われたそのハードルを、「ひょいっ」と、「あーらよっ」とでもいうがごとく飛び越えたのでした。下ネタという棒を使って、かるがると飛び越えたのでした。そう、「いちもつ」という棒を使って。


日記はみごとにオチて、石戸さんもハードルを飛び越えて、15mの高さから落ちてきました。マットをしいてなかったので、落下した石戸さんは全身を骨折してボキボキしてましたが、私は右手を差し出し、「よくやってくれた」と礼を述べ、強く握手をしたのでした。(かなり誇張してます)

『やさぐれローグ』では、今回のコラボ日記のように日記を書きあってくれる人を募集しています。また、一方的に書いてくれてもけっこうです。なんならもう、今後私のかわりにずっと日記を書いてくれる人募集!

次の清水は、きみだ!
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2009/01/22

現代文明きらいです

いま、たまってた契約書類の記入をいくつか済ませた。

火災保険の更新、奨学金に関する個人情報がナンタラという書類、そういうのを書いた。そして、あさっては、免許証の更新に遠くの免許センターまで行かなければならない。

もう、うんざりだ。

なんでこう、現代文明ってやつは厄介なんだろうか。契約に同意書に更新に手続きに、いろんなめんどくさいもんが押し寄せてくる。細かい字でびっしり印刷された紙に「必ずお読み下さい」とか書きやがって。読めるかそんなもん。

それにしても、この手の書類に埋もれて、それでも生きてる現代人ってのはすごいと思う。というか、ふしぎでさえある。世の中の人は哲学の本を難しいというが、私としては火災保険の書類の方がよっぽど難解に感じる。現代にはびこる契約書類とかってのは、もう、人智の限界を超えてるんじゃないだろうか。

人類史上最高の知性であるカントやアインシュタインだって、auの契約プランを見せられたら頭が爆発するんじゃないだろうか。っていうか、アインシュタインは、auのケータイを買おうとして代理店に行った結果、あんなふうになったんじゃないだろうか。

「いらっしゃいませー」

einstein1.jpg

「ケータイを買いたいんだが」


(機種・プラン・契約内容の説明など)


「‥‥‥というプランがございますが、どれになさいますか?」

「‥‥‥‥‥‥」

「お客さま?」

ドカーンッ!

einstein2.jpg

「もういらんわーい! べー!」

これが、この有名な写真がとられるに至った真相であろう。


ああもう、なんか、イヤだ。現代に生きるのが、イヤになった。

もっとこう、古代ギリシャみたいなさ、小さなポリスに暮らしたい。保険とか、意味わかんない。ついていけない。家が燃えたらさ、みんなで助け合えば、それでいいじゃん。奨学金なんていらない世の中がいいよ。ソクラテスは、お金なんて一銭もとらなかったよ。ケータイもさ、こんなめんどくさいことになるくらいなら、やめようよ。ぜんぜん便利じゃないよ。

ファック、現代文明。

2009/01/20

タテマエの世の中

企業理念

「我が社は、「世界の平和と人類の進歩に貢献していくこと」をめざし、共生の実現に向けて努力をつづけます、建前上は。」



大学入学式式辞

「本日、A大学は2008年度の入学式典を挙行しております。ここに集われた新入生の皆さん一人一人にA大学長として建前上の祝福をお贈りします。ご入学、おめでとうございます。」



結婚式友人代表スピーチ

「Aくん、Bさん、建前上の結婚おめでとう! Aくんとは、高校生の3年間、毎日のように顔を合わせている仲でした。高校卒業後もこうして今まで、建前上親しくお付き合いができているのも、Aくんが明るい笑顔でいつも私を支えてくれていたからです。」



告白

「おれ、きみのことがずっと建前上好きだったんだ。だから、ぼくと建前上付き合ってください!」



小学生の作文

「ぼくのゆめは、たてまえじょう、ヒコーキのパイロットになることです。パイロットになってせかい中の空をとびまわりたいとおもいます。たてまえじょうは。」



あとがき

「最後になったが、本書を発案し、私の執筆を支え続けてくれた○○出版のA氏に、この機会を借りて、建前上、厚く御礼申し上げたい。」



福沢諭吉

「建前上 天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず」



飲み会

「女の子は見た目じゃなくて性格が大事だと思うよ。建前上はね。」



内閣総理大臣所信表明演説

「わたしは、連立政権の基盤に立ち、責任と実行力ある政治を行うことを、国民の皆様に、建前上、お誓いします。」



*以上の文章はすべてフィクションであり、実際の人物・団体とは一切関係ありません。建前上は。
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