2008/06/16

ペンネンネネム

京都には素敵な喫茶店がいっぱいだ。この頃ぼくは、個性豊かな喫茶店をめぐり歩くことにご熱心なのである。

先週の金曜日は六曜社というカフェにいった。地上と地下、それぞれに店舗があるのだが、下の階に行った。狭い店内は赤い照明で照らされ、カウンターの向こうにはさまざまなコーヒー豆やお酒が並べられている。とてもおしゃれである。(これ以上のことはぼくの表現力では表せない)

しかし、六曜社なんかどうでもいいんだ。今回、この『京都のカフェめぐりブログ』にてご紹介するのはこちら、ペンネンネネムである。

ペンネンネネム、である。

ペンペンネムネムではない。ペンネネネウムでもない。ペンネムエヌムですらない。ペンネンネネムである。

Nの出血大サービスを行っているこのカフェは、ぼくの家から徒歩5分のところにある。ぼくの家に突撃したい人はこの店の場所を調べればだいたい見当がつくわけである。一階が中古のブランド品とか扱ってる店になってて堀川通に面してるマンションだから、ぜひ見つけ出してみて欲しい。部屋は11階である。

話がそれたが、そのペンネンネネムにきのう行ってきた。これがもう、筆舌に尽くし難いほどすばらしいお店だった。だからもう、文章はやめて写真を載せようと思う。これである。

nenem.jpg

ある道(ぼくがマックに行くときに歩く道)に、この秘密の町家カフェへの入り口はある。あまり目立たないから、注意しなきゃいけない。

この、建物に通じてる細道がまた素晴らしく、一ひとりがやっと歩けるような道で、両側が木の樹皮で挟まれてるのだ。小道フェチとしてはもう、これだけでよだれがとまらない。う、うひっ、うひへっ。

がらがらがら、と引き戸を開けると、そこはおばあちゃん家のにおい。つまり、むかしながらの日本家屋の、懐かしいにおい。

「いらっしゃいませ」

お店のお姉さんが出迎えてくれて、「お好きな席へどうぞ」。けど、喫茶店にきたというより、どこかの家に遊びにきたという感覚である。ぼくは上がりかまちで靴を脱ぎ、畳の部屋にあがらせてもらった。思わず「おじゃまします」と言ってしまった。

部屋の中にはところせましと絵本や本、DVDやおもちゃが飾られている。ペンネンネネムという店名は宮沢賢治の作品のタイトルからとられているのだが、賢治の作品がたくさん置かれている。ぼくは、喫茶店に来たつもりが最終的にぼくの方が食べられちゃいはしないかとヒヤヒヤした。

ぼくはマンマのパスタというエビとトマトのパスタと、コーヒーを注文した。それから一時間ちょっと、ゆったりとした時間を過ごした。繁華街にある喫茶店と違って、お客さんもあまりおらず──ぼくの他には親子連れが二組いただけだった──心が落着く。それはなにより、畳と木の家のにおい、あるいはその下の地面からかおる土のにおいのおかげであろう。

戦後、日本は西洋文化を取り入れ、木の家よりもコンクリートの家に住むようになり、土と木のにおいを忘れてしまいました。だけど、こんな荒んだ時代にこそ、ぼくらは昔の日本人の生活を思い出し、ほんとうの豊かさを取り戻すべきなのかもしれません。


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2008/06/20

フランソア喫茶室

さて、第二回となる『京都のおすすめ喫茶店シリーズ』ですが、今回はフランソア喫茶室をご紹介いたします。

週の最期の授業となるゼミのあと、ぼくは電車で四条(にぎやかなところ)に向いました。雑誌を片手に目的の喫茶店を探します。

「この路地かな」

そこには細い道がありました。たぶん、ここに違いありません。ぼくはずんずん奥に入ってゆきました。すると、にぎやかな四条通とはちょっと違う、人通りの少ない細道がありました。そして、奥の方をみると、きらきらした看板が輝いていて「○○ヘルス」と書いてありました。

それがどんな店かは分かりませんでしたが、なぜか「違う」というカンが働きました。それらの店はおそらく健康に関わる何かを売っているのでしょうけれども、ぼくは喫茶店にゆきたいのです。入る道を、二本間違えていたのでした。

もう一度雑誌で通りの名前を確認し、こんどは大丈夫だと思いました。すると、

「お兄ちゃん、たった5,000円だよ! どうだい、たまには!」

と、元気なおじさんに声をかけられました。それがどんなお店か分かりませんでしたし、何にせよ5,000円は高いだろうと、それに、「たまには」の意味もわかりませんでしたので、申し訳ないと思いつつ無視を決め込みました。あのあたりは風変わりなお店が多いということをはじめて知りました。 (お金に余裕ができたら入ってみたいと思います)

さて、そのおじさんのいる店の二件となりに、フランソアはありました。営業しているのだろうか、とふと不安になってしまいましたが、あいているようです。

「いらっしゃいませ」

ぼくがドアをあけると、荒れ地の魔女が迎えてくれました。白髪の魔女でした。あまりその辺ではお目にかかれないような、とても上品な、あるいは浮世離れした雰囲気をたたえたマダムでした。

店内はゴシック様式というのか、バロック様式というのか、絶対君主が「朕は朕は」とがんばっていた頃のフランス上流階級の屋敷を彷彿とさせるつくりでした。赤い布張りの椅子に、焦げ茶色の木の机。壁にはモナリザの絵、古いパリの地図、女性のデッサンなどが飾られ、『アヴェ・マリア』などの声楽が流れていました。

そして、いちばん驚かされたのはウェイトレスでした。お店には女性の店員しかおらず、その荒れ地の魔女以外は全員シスターでした。つまり、修道女なのでした。黒い髪に、服は水色のワンピースでした。いつぞや行った秋葉原のメイド喫茶も独特な雰囲気でしたが、こちらはもっと独特でした。

「すみません」ぼくはシスターの一人を呼びました。「コーヒーをください」

「はい」シスターは静かに注文を受けました。

彼女らは他の喫茶店ではありえないほどの落ち着きを見せていました。それがこの喫茶店の独特の、異世界的なムードをつくりだしていました。ぼくはミステリアスに謎めいたふしぎなシスターの一人に恋をしました。彼女は笑顔も見せず、慌てることなく、しずしずと注文をとったりコーヒーを運んだりしていました。

けれど、なぜだろう。ぼくは疑問に思いました。なぜ、シスターたちが魔女のもとで働いているのか。それは多いに疑問でした。聖と魔。それは本来、対立するもののはずだからです。

(もしかして‥‥‥!)

ぼくは気づいてしまいました。シスターたちは、きっと、あの魔女に呪いをかけられ、働かされているに違いないのです。美しく若いシスターに嫉妬をした魔女が、彼女らに呪いをかけ、あのフランソア喫茶室から出られないようにしているのです。

「あなたたちがここで年を取ってよぼよぼのお婆さんになるまで出しません。あなたたちはこの中で若さと美しさを少しずつ少しずつ失ってゆくのです」

きっと、魔女がそう言ったに違いないのです。おそろしく、かわいそうな出来事です。

ぼくは心に決めました。そのうち、ぼくがあの魔女を倒して、あのシスターたちを解放してやろうと。けど、そのためには荒れ地の魔女に対抗できるだけの魔力が必要です。ぼくが魔法を使えるようになるまであと七年。まだかなり時間はかかりますが、いずれ必ず、強力な魔法使いとなって、彼女らを救出してやるのです。

そんな魔女と捕われのシスターが営んでいるフランソア喫茶室。古き良きヨーロッパの空気をたたえた空間とおいしいコーヒーが、静かにぼくたちを待っています。


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2008/07/01

御多福珈琲

ネットラジオ『トム&ハンクス』が、最終回を迎えてしまった。二年近く楽しませてもらったこのラジオが終了し、もはやぼくの手元に残された娯楽は読書だけとなってしまった。

先日いっきに9,000円分の本を購入し書籍部のレジの人に苦笑いさせたところであるが、きょうも四冊買ってしまった。トム&ハンクスが終ってしまったことによるヤケ買いである。ヤケ読みである。

ぼくは『漱石文明論集』を携えて四条河原町のあたりにあるソワレという喫茶店に向った。いくつものいかがわしいお店を横目に見つつ、出会い喫茶なるもののチラシを手渡されそうになりつつ、ソワレに向った。着いた。定休日であった。ずっこけた。

そこで、急遽予定を変更して御多福珈琲(オタフクコーヒー)に行った。

狭い入り口はすぐに地下への階段に通じている。たぶん太ったアメリカ人は腹にグリスを塗らないと入れないだろうという狭い階段を降りてB1へ。そこは10人ちょっとで満席になってしまいそうな、こじんまりとした部屋になっていた。

「いらっしゃい」

気さくで爽やかなマスターがぼくを迎えてくれた。と同時に、ぼくの目を奪ったものが一つ。マスターのもみあげである。

それはそれは長く立派なもみあげがマスターの両頬にあった。ややもすれば顎の下で左右のもみあげが出会い、その幸福な結婚がヘルメット的なシルエットを形成するのではないか、というほど立派なものだった。

ぼくはブレンドコーヒーとジャムトーストを注文した。店内を見回す。実にシンプルだ。小さな木製のテープルが六つか七つ。それにカウンター席。どこにいてもマスターの声ともみあげを堪能することができる。

鞄から漱石の本を取り出し、ぼくは「私の個人主義」を読みはじめた。さまざまな本で言及されているこの講演記録、お固い論文的なものかと思ったらとんでもない、ユーモアに富んだ軽快なトークであった。ぼくはなんどもコーヒーを吹き出しそうになったほどだ。

しかし、いかんせん狭い店内なので、どうしても他の客のことが気になってしまう。なにしろ隣の客とはももとももが触れ合いそうな距離なのだ。

二つとなりにはハーフらしき男性と外国人が好きそうな女の若いカップルがいた。二人はハリウッド顔負けのアメリカン・イングリッシュを交えながらおしゃべりをしていた。アメリカのハイスクールがどうの、ユニヴァースィティーがどうの、ということであった。ぼくは、自分が英語をしゃべれないことが悔しくなり、心の中で自分に「Son of a bitch!」と叫んだ。

すぐ隣にはOLらしき女性と若い今風の男性がいた(「今風」というのはオブラートに包んだ表現なので、各自心の中でそのオブラートを剥がして頂きたい)。女性は饒舌だったが、男性はなにか気乗りしないのか、終始寡黙であった。十中八九、女性の方がかなり年上だ。なんだかカネのにおいがした。ぼくは、ふと、浪人時代に図書館の司書のおばさんにラブレターをもらったことを思い出し、コーヒーの苦さが60倍になった。

そう、コーヒーはかなり濃く、苦かった。しかし、それがおいしかった。コーヒーのおいしい喫茶店である、ここは。

人柄のいいマスターとアットホームな店内がぼくらを迎えてくれる地下の隠れ家的喫茶店、御多福珈琲(モミアゲコーヒー)に、ぜひ足を運んで頂きたい。
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