2008/03/04

哲学者の口説き方

「哲学科ってどんな勉強してるの?」

というのは、哲学科の末席を汚しているぼくにはよく尋ねられる問いで、その度にぼくは困ってしまう。どんなふうに答えたらいいのか。これは難しい問題だけれど、いつでも相手に伝わるような答え方を用意しとかなきゃいけないと思う。それができないようじゃ、哲学科の名折れなのだ。



「ねぇ、哲学科って、どんなこと勉強してるの?」

喫茶店にて。

「そうだな。一つ例をあげるなら、時間は外の世界に存在するものじゃなく、人間がかってに作り出したものなんだ、ってことかな」

「なんだか難しそうね」

「そんなことないさ。時間は客観的に存在するものじゃない。その証拠に、何をしてるかによって、時間の進み方がかわったりするだろ? たとえば、こうしてきみと二人でコーヒーを飲んでいると、一時間がほんの一瞬のように感じるもの」

「なぁにそれ? 口説いてるつもり?」

「違うよ。思ったままを言ったまでさ」

「一時間が一瞬だから、せっかく頼んだケーキを食べる間もない、ってこと?」

「いいや。これは、ぼくのスイーツはきみだけで十分、ってことさ」

「そう思うんだったら、これ以上あたしに甘い言葉を投げかけてどうしようって言うのかしら?」

「どうするかって? きみは、ショーケースの中のおいしそうなショートケーキを、見ているだけで満足できるとでも言うのかい?」

「もう、馬鹿なんだから。よく恥ずかしげもなくそんなことが言えるわね」

「思ったことはなんでも言って対話をする。これがソクラテスやプラトン以来の哲学の基本さ。そう、たとえば、きみは美しい──」

「やめてよ恥ずかしい。プラトンの本には、女の子の誉め方まで書いてあるの?」

「いや、ないさ。プラトンは一生独身だったしね。だけど、きみが古代ギリシャに生まれていたら、きっとプラトンは一冊も本を書かなかったはずさ」

「どうして?」

「男はいい女に夢中になっていると、哲学なんてどうでもよくなるものなのさ。今のぼくみたいに」

「あら、哲学科の学生失格ね」

「そうかもしれないね。きみは一人の哲学青年の芽を摘み取ってしまったんだ。罪深い人だ」

「別に、あたしは何も悪いことはしてないわ」

「いいや、人間はみんな罪深い存在なんだよ。ほら、アウグスティヌスがこの『告白』って本に書いているように」

「なんだか難しそうな本ね」

「そんなことないよ。ちょっと読んでごらん」

「う〜ん‥‥‥やっぱり堅苦しいわね」

「そこじゃないよ。ほら、挟んであるしおりを見て」

「しおり? この紙ね。えっと、『きみが好きだ。ぼくとつきあってくれ』‥‥‥」

「これは、アウグスティヌスじゃなくて、ぼくからきみへの告白だよ」

「もう! まわりくどいんだから。馬鹿‥‥‥大好き」
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