2006/06/21

ピザ屋

先日、あまりに日差しの強い日が続くので帽子を買いにいってきました。近くの洋服屋まで愛車の原付を時速50kmでぶっとばして行ったんですが、やはり夏に原付で風を切って走るのはなんとも気持ちがよいものです。あの素手でグリップをひねる感覚、はためくTシャツ。また今年も夏がきたんだなって実感できます。

街をひとり、目的のお店まで走っていったのですが、黄色いポロシャツを着てピザの宅配をする原付を見て、ふと去年の夏を思い出しました。何を隠そう、僕も去年の夏から秋にかけてピザ屋でアルバイトをしていたことがあるのです。

ピザ屋がポストに入れていったチラシに「アルバイト募集」という文字を見つけたのがはじまりでした。去年は大学に入学したてで原付も持っておらず、走り屋の血が騒いで仕方なかった。もうバイクに乗りたくて仕方がない。風を感じたい。ウインカーとか出したいし、すり抜けとかもしたい。そんな禁断症状が出ていたときだったので僕はすぐにそのピザ屋に電話しました。時給は750円とかいうなめ腐ったものでしたが、バイクに乗れるならなんでもいい、とにかくバイクの乗せてくれ、という気分だった。

それで履歴書を書いて自転車でそのピザ屋に面接にいったんですが、なんか言われた場所にいってみると別の名前のピザ屋があるの。うん、明らかに店名が違う。しかも、道から店内をのぞいてみると東南アジア系(たぶんインドネシア)の若い男がひとりで働いている。どうしたものかと思ってもう少し周辺を見て回ったんだけど、そこしかピザ屋はなかったので仕方なくインドネシア人のいる店に入ってみました。

「すみませーん」
「ん? ああ、面接の人か。入って入って」

ここでいいのかよ。なんで看板の名前が違うんだ。おかしいんじゃないか。っていうか、それ以上にインドネシア人が流暢に日本語しゃべったのにはびっくりした。しかもその人が店長で、そもそもふつうに日本人らしい。

それから店の調理場の奥のスラム街のごとき休憩所で日本語で面接をしたんですが、そのインドネシア風の店長が日本語でさりげなくこう言い放った。

「時給は700円からやから」

いや、750円って書いてあるじゃないか。750円ですら足下見られてると思ったのに700円て。あのとき僕は殺意すら覚えた。厨房にあるチーズとかぶちまけてやろうかと本気で考えた。大学生になってまで700円はないだろ。

でもまあ、僕の住んでいる場所はバイトできるところも少なく、またバイクに乗りたいという抑えがたい衝動もありましたのでしぶしぶそのインドネシア風の店長のもとで働き始めることに。

ピザ屋の仕事というのは基本的に調理と宅配のふたつに分けられます。すべての店員が状況に応じてどちらもやるのですが、新入りの場合はまず宅配を中心に行う。ピザに飢えた客の電話注文を受け、地図で家の場所を確認し原付で届けるわけです。

うん、やっぱり原付はいい。たとえ仕事とはいえ、青空の下を走るのは気持ちのよいものです。まるで風になったような気分だ。時給は700円だけど。

その仕事、基本的には楽な仕事なんですが、たまにイラッとくることがある。たぶん、これは宅配という仕事のみが持つ欠点でしょう。

ピンポーン。

「お待たせしました〜、○○ピザです」
「はぁい、今開けま〜す」

インターホン越しに女性の声が聞こえてくる。うん、この声は明らかに麗しき女性の声。もう、声からしてかわいい。なんか、仕事できただけなのに変な妄想とかしちゃう。あらぬ期待とかしちゃう。

ガチャッ。

きた。声だけかわいくて顔はアレとかいうベタなオチはなかった。もう100人に聞いたら100人ともかわいいと答えるような女性。変な妄想とかしちゃいそう。この人もおそらく僕とおなじ大学の学生だろうから、授業でたまたま顔を合わせて、「あの、どこかでお会いしたことありませんでしたか?」「え、そうでしたか?」みたいな。「付き合ってください」「はい喜んで」みたいな。

「いくらですか?」
「ヘヘ‥‥‥。あっ、1350円です」
「う〜んと‥‥‥あっ、50円玉がない」

いやいや、別に千円札2枚でもかまわないですよお嬢さん。などと思ってると、突然部屋の方をふりかえってこう言った。

「ねーマーくん!50円玉持ってない?」
「あ、あるよ。ちょっと待って」

そんで部屋の奥でテレビでも見ていたのであろうマーくんが50円持って玄関の方まで来んのよ。

「ほい」
「ありがとっ(ハート)」

ピザごと死ね。

そんな地獄のような出来事が週に3回くらいありました。ほんと、カップルでピザを注文してはならないっていう法律を作ってほしい。そういう公約を掲げた党があったら他の憲法九条とか年金とか関係なく、それだけで投票するね。

そのバイト、しばらくは順調に続けていたのですが、だんだん秋も深まるに連れて寒くなってくるのですよ。夏のあいだこそスロットル全快で風を切りハングオンでギリギリのコーナリングとかして気持ちよく働いていたわけですが、10月とかなってくると夜とか寒くて死にそうになる。考えてもみてください。ふつうに外にいるだけでさえ寒い秋の夜に原付で宅配。仕事というより拷問に近い。しかも時給が700円だからな。あのインドネシア人もピザごと死ね、と言いたいところだけどその前にこっちが寒さで死にそうだ。

ある雨の日の夜のこと。僕はカッパを着ていつものように宅配に向かいました。ただでさえ寒いのに雨が降っていて余計に寒い。仕事というより拷問そのもの。バイトをはじめたときは原付に乗りたくて仕方なかったのに、今となっては1万円やると言われても乗りたくないような状態。なのに時給700円でその日も宅配。

まじで耳とか凍っちゃうんじゃないかと思いながら目的の家に到着。びしょぬれの手袋をはずし、インターホンを押します。

「はーい、ちょっと待ってくださいねー」

すぐにその家の奥さんらしき人が出てきてドアが開く。家の玄関のなかにすこし入ると、そこには暖かい家庭の空気が。一人暮らしで寂しい生活をしている僕にとって、そのありふれた家庭が天国のようにすら見える。

「お待たせしました。2500円です」
「はい。じゃあ2500円ちょうどで」
「ありがとうございました」
「ご苦労様でした」

僕に暖かい言葉をかけてピザをリビングに持って去ってゆく奥さん。リビングの方で「ピザピザー!」とはしゃぐ元気な子どもたち。ふたたび冷たい雨の降る闇夜に放り出された僕。この頬を伝わる液体は雨さ、雨に決まってる。でもなんでだろう? 心なしか、きょうの雨はすこし生暖かいよ‥‥‥。

ってことで、本格的に冬になる前にピザ屋を辞めることを決意。こんな仕事やってられっか。真冬の夜に原付で何時間も走ったらまじで死んじまう。っていうか、それでも時給700円とかありえない。

辞めたい辞めたいと思っていたら神の計らいのごとくバイトを続けられない理由ができまして、チャンスだといわんばかりにインドネア人っぽい店長にそのことを伝えました。まあ、やってられねーとか思っていたわけですけど、数ヶ月間お世話になったわけですから、多少寂しい気分もありました。そしたら、店長、こう言った。

「実はおれもこの店辞めようと思ってんだよ。もともと好きでやってる仕事じゃないし」

店長、まさかの「辞めたい」発言。

「もう社長に辞めるとは言ってあるんだけど、人手が足りないからまだしばらくはやってくれって言われててさ」

店長もどうやらしぶしぶやっていたらしい。いつもはインドネシア人みたいな顔してイタリア人のごとき手さばきで生地をこねて、円形にのばしチーズをのせてピザを焼いているというのに、人の内面はわからないものだ。

そうして冬直前に僕はそのピザ屋をやめたのでした。もう部屋のなかのカップルを見て寂しい気分になることもない。

宅配のため原付を走らせる同い年くらいの青年をみて、そんな青春の1ページを思い出していたのですが、暖かくなったためか二人乗りでツーリングに興じるカップルがやたらに目につく。うしろの女が運転してる男にがっしりしがみついてたりする。そんなやつらが、一人で原付にまたがる僕を颯爽を抜きさっていったりする。この頬を伝わる液体は汗さ、汗に決まってる。でもなんでだろう? 心なしか、その日の汗はやけにしょっぱかった。
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