去る3月20日、午前10時、私の所属する文学部の卒業式があった。
天気予報では午前中は雨、とのことだったが、神も気を利かせてくれたのか、水は一滴も降ることなく式の日を迎えることができた。
式の最中のことは、あまり覚えていない。確か学長は3つのKについてしゃべっていたが、2つ目のKが「これしきのことで」だったのしか記憶にない。その記憶もまちがっているかもしれない。 総長と呼ばれていた謎の人物の式辞はもっと曖昧にしか記憶していない。しょっぱなの一発ギャグしか、覚えてない。
その後は別の場所で哲学科の学位記(卒業証書にあたるもの)の授与式が執り行われた。久しぶりに哲学科のメンバーだけが集まったため、その教室でブラックホールが発生するんじゃないか心配になるほどの濃度になった。卒業式当日に重力だけ残してこの宇宙空間から消滅しちまうなんて、ちょっと寂し過ぎる。
名簿順に次々と、学生証との交換条件で学位記が授与された。他の人は高級な紙に筆で書いたようなかっこいい紙をもらって、でっかい入れ物にはさんでいたが、私の学位記だけは藁半紙にクレヨンで書いてあった。
卒業だより
清水くんへ
文学部哲学科のかていをおえたことを認め
文学部長の認訂により率業を認め学士(仮)(嘘)の学位を受与する
学長 大仁田厚より
よく見たら「学位記」じゃなくて「卒業だより」だし、余白の部分には学長直筆の仮面ライダーの絵が描いてあったし、誤字多すぎだし、入れ物なんかクッキーの空き箱でつくったやつだった。大学も経費削減にがんばっているのだろう。
その後、フリータイムになったので私はかわいい子を何人かつかまえていっしょに写真を撮ってもらったりした。女性は晴れ着姿になると雰囲気がガラッと変る。美しい人はより美しく、そうでない人はそれなりに、といった塩梅であった。
それからゼミの先生に食事をおごってもらい、移動して数人で時間をつぶしたあと、謝恩会に出席した。
「先生、4年間、とてもお世話になりました」
私はなにかとお世話になった若い先生にあいさつをしにいった。
「いえ、とんでもない」と、腰の低いその先生は言った。「とりあえず大学での勉強は一区切りつけて、また院でがんばってくださいね。きみは、確かカントでしたね?」
「いいえ、清水です」
「そうじゃなくて‥‥‥」
なんていう知的な話もした。
謝恩会のあいだは立食だったこともあり、少しずつ、いろんな人と話をしたような気がする。大学院に合格した人や、一年ぶりにドイツから帰ってきた人や、はじめてしゃべる留年生や、いつものメンバーなどとお話をした。何をしゃべったかは何も覚えていない。
終了時間に近づくと設置されていた巨大スクリーンに
宴 も た け な わ で す し
という文字が表示され、先生方のあいさつとなった。私はデザートを取りに行っててほとんど聞いていなかった。パーティーも終り際、私は憧れのあの子とふたりで写真を取った。たまたまプロのカメラマンの方がいたので、その人に撮影してもらった。なかなかいい写真になったと思う。これからはあの写真を持ち歩いて、「これがおれの彼女」と言い張ろうと思う。
その後、私たちは数人であるスナック的な店に行った。祇園という場所にある、高そうなお店である。私はそこで歌い、食べ、しゃべり、さんざん楽しんで、最後にはそこのママ的な人に「絶対開けないでくださいね」と釘を刺された上で玉手箱をもらった。
帰宅後、箱を開けてみると中からもくもくと濃い煙が立ちこめ、私は一気に老人の姿になってしまった。キーボードを叩く指も、ぷるぷると震える始末である。
めでたしめでたし。
2009/03/22
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