2009/01/17

きみがいなくなった日

ありふれた幸せは、突然に消える。

消えてから、自分がどれだけ幸せだったのか気づくのだ。

気づいたときには、幸せへの扉は、閉まっている。


私は今日の午後、部屋の掃除をしていた。もうしばらくのあいだやっていなかったから、1時間ほどかけてお風呂場やフローリングをきれいにしたら、とても気持ちがよかった。

風呂場にはもう、カビがだいぶ発生していた。とくにシャワーカーテンがひどいありさまで、もはやカビキラーを吹きかけてカビを落とそうという気もしない。掃除が好きな私が戦意を萎えさせるほど、黒やピンクのカビはカーテンを浸食していた。

私は少し悩んだが、そのカーテンを捨ててしまうことにした。

もう1年近く使ったんだし、買い替え時だろう。それに、こんなもの、千円くらいのものだ。そう思った。

私はカビキラーを置き、シャワーカーテンをホックから外した。ホック穴の周辺にも、点々とカビがついている。すべてのホックを外しぐるぐる丸めているとカビのイヤな臭いがした。私はそれを家庭ごみの黄色い袋に入れた。

さて、いろいろ買物もしなくちゃだし、そのとき、ついでにシャワーカーテンも買ってこよう。


本が増え、部屋の収納が足りなくなってきたので、私は本棚を探していた。まずは自転車で西大路通に出て、イズミヤというデパートに立ち寄った。けれど、そこには手頃な大きさの棚はなかった。このときは、はじめて足を踏み入れるデパートにわくわくしていて、すっかりシャワーカーテンのことは忘れていた。

次に千本通の少し西側にある、コーナンに立ち寄った。ここにも部屋の壁にぴったりあう収納はなかった。けれど、ここではシャワーカーテンのことを思い出し、浴室で使うイスとかオケが置いてあるコーナーを見てみた。しかし、置いてない。

(まあ、いいや。帰りに無印良品にいって、そこで買おう。)

私は楽観的だった。あまりに楽観的だったのだ。


私のお気に入り、千本通の無印良品。たいていの家具は、今の部屋に引っ越したとき、ここで買った。カビだらけになって捨てたシャワーカーテンも、実はここで買ったものだ。

店舗の2階に小さなエスカレーターであがり、アイリッシュミュージックが流れる店内でしばらく家電や食品をみた。統一感もある無印良品はいるだけで楽しくなる。

それから、洗面用具などが並ぶ一角をのぞいてみる。タオル、ハンガー、コップ、鏡など、いろんなものが揃っている。だが、シャワーカーテンが見つからない。たしかにまえはあったのだが、何度商品が陳列されている棚を見てみても、シャワーカーテンはない。

仕方がなく、私は店員の女性に訊いてみた。

「すみません。シャワーカーテンは置いてますか?」

すると、店員の人が、

「いまは扱ってないんです」

と言った。

こんな短期間で商品が消えるなんてことがあるんだろうか。私はいぶかしく思ったが、事実、どこを探しても見つからなかったのだ。できればまたおなじものが欲しいと思ったが、諦めるしかなかった。

でも、大丈夫。帰りにドラッグストアで買えばいいのだ。なんの問題もない。

私はまだ、心に余裕を持っていた。このとき未来のことが見えていたら、私はためらうことなくイズミヤに引き返していただろう。


「いらっしゃいませ」

私はドラッグストアに入った。ここも比較的よく来るお店だ。いつもは入浴剤やお菓子を買うことが多いのだが、今日は違う。欲しいのはシャワーカーテンだけだ。一目散に、シャンプーなど、お風呂関係の品物が集まっているコーナーにゆく。

ふと、シャワーカーテンのようなものが目についた。が、よく見るとそれは、からだを洗うためのタオルだった。ありそうな場所をくまなく探してみても、シャワーカーテンは見つからない。店員の人に訊いてみても、「置いてないですねぇ」という答え。

さすがの私も、不安になった。

三度目の正直、という言葉があるが、私は3軒目の店で、またしても、期待を裏切られたのだ。心に絶望の影が忍びよってきた。

(いつから日本では、シャワーカーテンが希少品になったんだろう。)

そんなばかばかしい疑問さえ感じてしまった。だけど、笑いごとでは済まされないのだ。なぜなら、近くにあったもう一つのドラッグストアにも、シャワーカーテンがなかったから。

お店を出る。家を出たときはまだ明るかったが、もうすっかり夜だ。シャッターを下ろして、一日の仕事を終えているお店もある。自転車にまたがりペダルをこぐと、真冬の冷たい夜風が私のほほを紅く染めた。


部屋の玄関をあける。とりあえず荷物をベッドに放り投げ、ユニットバスの洗面所で手を洗う。左を見ればぴかぴかになったバスタブが光っているが、しかし、そこには一つ、あるはずのものがない。

私は、捨ててしまったシャワーカーテンを、また使おうと思った。きっと、カビを掃除するのをめんどくさがってた自分に、バチがあたったんだ。大変でも、ちゃんときれいにして、このシャワーカーテンを使おう。

そう決意した私は、ごみ袋の奥に突っ込んだそれを引きずり出した。すると、カーテンの上にのっていたごみがいっしょになって袋の口から飛び出してきた。別に、ティッシュやお菓子の袋が出てくるのは構わない。だが、使用済のコーヒーの粉には、さすがに辟易してしまった。

黒く湿った粉が、ぼろぼろとこぼれ、私の服の袖を汚した。さらには、まだ水分の付着していたシャワーカーテンに、その黒い雨は降り注いだ。

「きれいにしてやろう!」という10秒前の決意は、一瞬で吹き飛んでしまった。

考えてみれば、たくさんのごみが詰まった袋に突っ込んだシャワーカーテンである。カビだけでも戦意を喪失させるには十分な汚れだったのに、そこにコーヒーの粉や有象無象が付着したそれは、私の手におえるしろものではなかったのだ。機関銃を手にしたシュワルツネッガーに、だれが勝てるだろう?

私はそのカーテンを、再びに家庭ごみの袋の中に詰め込んだ。

そして、脱いだばかりのジャンパーを着込み、財布と自転車の鍵を引っ掴んで玄関に向った。

もう、いつもの冷静さはなくなっていた。


寒さはさらに増してきている。そして、問題は時間だ。すでに8時をまわっている。たいていの店は、閉店の時間だ。

けれど、私はほんのわずかな希望──まるで氷のカケラのように儚い希望を胸に、自転車をとばした。向うのは、北。北大路の、ビブレである。

コーナンにも、無印良品にも、二つのドラッグストアにもなかったシャワーカーテン。いつでも手に入ると思ってたものが、こんなに見つけにくいとは思わなかった。

ありふれていて、大切なもの。大切なのに、大切だって気づかないもの。それがシャワーカーテンだったんだ。いつだってそこにあって、ずっとそこにいてくれるって思ってた。それであたりまえだと思ってた。

おれは、なんてバカな男だったんだろう。


ビブレの前に到着。もう自転車を駐輪場に入れてる余裕なんてない。私は入り口近くに自転車を止め、走った。

(まだやっているだろうか?)

それだけが心配だった。午後8時。閉店していても、不自然ではない時間だ。むしろ、たいていのお店は閉まっているだろう。

ひとのまばらな通路を歩く。すると、目の前に、照明の落とされたビブレ中心の催事場。その吹き抜けの場所は、暗く静まり返り、入り口には人が入らないように赤いコーンが立てられている。

その光景を目の当たりにした瞬間、私はほとんど、諦めの気持ちに襲われた。もうむりだ。もう、だめなんだ、と思った。

それでも、とぼとぼと一階の喫茶店街を歩く。ミスタードーナツやいろんなレストランは、まだ営業中だ。(このビブレな複雑な構造をしていて、一階部分は地下鉄の駅と接続されていたり、別の店が入っていたりする。)

希望を絶たれて、重い足取りで歩く自分は、まるで野良犬のようだ。そんな気分だった。身を切るような寒さの中、自転車を10分も走らせてやってきたここで、私はまた裏切られたのだ。世界は私に対して閉ざされた。

放浪者、流浪者‥‥‥いや、浮浪者といった方が適当かもしれない。私はそんな存在になった。午前中に試験をおえ、数時間前まで楽しく希望に充ちて部屋の掃除をしていた男は、もうそこにはいない。

もう、今夜とあすの朝は、シャワーを浴びられない。そんな残酷な現実を、私は受け入れようとしていた。シャワーカーテンは、またあした以降に、買いに行くしかない。

けど、どこへ?

ほとんど直感的にビブレへやってきたけど、もしここが開いていたところで、シャワーカーテンが売っているという保証は何一つないのだ。ここにシャワーカーテンがあるなんてのは、私の推測に過ぎない。ホームセンターにもなかったし、以前は売っていた無印良品にもなかったのだ。どうしてビブレにならあるなんて言える? そんなこと言えっこない! ここにもシャワーカーテンはなくて、どこにもなくて、結局、おれはもう二度とシャワーカーテンを手に入れられないかもしれないんだ! もう、二度と!

胸が張り裂けるような思いで、私は飲食店の並ぶ通路を歩いていた。

すると、遠くの方で、エスカレーターが動いているのが見えた。

たくさんの店が入っているこの建物だが、そのエスカレーターがあるのはまぎれもなくビブレである。

(もしかして‥‥‥)

私の視線はエスカレーターに釘付けになった。だれかが、だれかがそのエスカレーターにのるかもしれない。もしそれが従業員ではなく、客であれば、それはすなわち、ビブレがまだ閉店ではないことを意味する。

すると、一人の若い女性が、エスカレーターで上へと運ばれてゆく姿が見えた。

つまり、ビブレはまだ閉まってはいなかったのである。

ビブレは‥‥‥ビブレは、まだ営業していたのだ!

照明が落とされていたのは、ビブレ中央にある催事場だけだった。そこをぐるっと回り込んでエレベーターの方にゆくと、店内のあかりはまだこうこうと輝いていた。絶望しきっていた私の心に、光が射し込んできた。

エレベーターをのぼる。2階、3階‥‥‥。そこにはまだかなりの人がいた。寒さに揉まれ、いくつもの店を駆け回り、堪え難い心細さに苛まれていた私──そんな私はすでに深夜のような気持ちでいたが、まだ人間たちはふつうに買い物をしているのだった。

4階まできた。ここは生活雑貨やお風呂用品のあるフロアである。

頭の中が真っ白だ。もう、なにも考えられない。息を切らしながら、私は書店や家電のコーナーを脇に見つつ目的の場所へ向う。

そこには無数のお風呂関係の品物があった。バスタオルやイスや子ども用の遊具。けど、そんなものは今の私にとってなんの価値もない。欲しいのは、シャワーカーテンだけなのだ。

いくつかの棚を探すと、シャワーカーテンらしきものが見つかった。またからだを洗うためのタオルなんじゃないかと思った。だが、よく見ると、それは正真正銘、シャワーカーテンだ。「シャワーカーテン」と、はっきりとした字でプリントされている。見間違いなんかじゃない、勘違いでもない、それは、ずっと探し求めていたシャワーカーテンだったのだ。

なんの変哲もない、他のものと同じように並べられているそれを、手に取る。いま、ずっと求め続けてきたものが手に入ったのだ。失ってはじめて気づいた大切なものが、私の手の中に戻ってきたのだ。

私はシャワーカーテンを抱きしめて泣いた。

京都市北大路の、ビブレ4階で。

凍りついていた時間が溶けて、ふたたび流れ出した。


ありふれた幸せは、突然に消える。

消えてから、自分がどれだけ幸せだったのか気づくのだ。

気づいたときには、幸せへの扉は、閉まっている。

しかし、その扉を開ける鍵は、きっとどこかにあるはずだ。
この記事へのコメント
くっ
この日ビブレに行っていればシャワーカーテンを抱きしめて涙する不審者を見ることが出来たのか・・・!
惜しい、実に惜しい事をした!
Posted by キイチ at 2009年01月21日 15:14
そういうことです。

でも、このチャンスを逃しても、ビブレを歩く不審者、スタバで哲学書を読みながらコーヒーを飲む不審者、などは別の日にも見ることができますよ。
Posted by 清水 at 2009年01月21日 15:58
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。