気づいたら、哲学者と呼ばれていた。
ふつう、哲学者になるためにはたいへんな苦労が必要だ。たくさん勉強して、語学が3つ4つできてあたりまえ。長年の研究成果を踏まえて、いい本を書いて、世界中に認められて、ようやく一人前の哲学者になれる。ソクラテスとかデカルトとおなじ職業の人、って認めてもらえる。
けれど、イタリア語の授業でだけは、私は「哲学者」だ、もうすでに。
はじめは、ちょっとした冗談だと思った。
「次の訳は、哲学者」
とイタリア語の先生が言った。それは、私のことだった。振り返ってみても、そこにはプラトンもニーチェもいない。先生の視線はまっすぐ私に突き刺さっていた。私が哲学科の学生で、大学院も行くって話をしたから、そんな呼ばれ方をしたのだ。けど、そんときは、そんときだけだと思った。
あれから数ヶ月、私の名前は「哲学者」で固定されてる。固定されてしまっている。
出席を取るときだけは、さすがに出席簿には本名が記されているから「清水」と呼ばれるのだけど、それ以外は「哲学者」だ。他の学生も、話した事はないけど、たぶん、みんなおれのこと「哲学者」として認識してる。教室に入るとき、「あ、哲学者来た」とか思われてる。
「おーい、哲学者」だなんて、アリストテレスだってハイデガーだって呼ばれてなかっただろう。だって、ふつうそれは二人称には使われない。それは、職業名だ。
それに、ほぼ一日中YOUTUBEでお笑いの動画を漁ってる24歳男性は、ぜったい哲学者ではない。ぜったいにね。
2009/01/08
この記事へのコメント
もうご存じの可能性もありますが、YOUTUBEにある『中村屋』っていう動画のフラッシュが面白かったなあ。
Posted by ながさき at 2009年01月08日 23:58
中村屋 中村屋 ながさき屋 不二屋 不二子・F・藤屋 不眠不休屋
Posted by 清水 at 2009年01月09日 01:12
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