2009/01/05

迎春

あけましておめでとうございます。

あけるかな、あけないかな、あけるかな、あけないかな、なんて花びらむしってるうちにあけちゃったみたいで、びっくりしてます。いやもう、一時はあけないんじゃないかとまで思ったけれども。

さて、私は年末年始を実家で過ごし、その間まったく日記を書いてなかったので書きたいことが盛りだくさんです。というわけで、おせち料理よろしく、少しずついろいろなことを書いていこうと思います。


運び屋


高速バスで新宿にゆき、そこから電車で北へ北へ。赤羽、大宮、熊谷などを通過して実家最寄りの駅へやってきた。そこで母親の出迎え。無事、実家に戻ることができた。

翌日、私は庭の落ち葉を運んでいた。

祖母が数カ所に集めた山盛りの葉っぱを、一輪車にのせて畑の穴まで運ぶ、という年末恒例行事である。私はデビルが持ってる武器のようなものを使って葉っぱを一輪車にのせ、運んだ。

だが、ひゅーるるるるる、風が吹く。せっかく集めた葉っぱもぱらぱらと舞う。砂利道を、一輪車で運ぶうちにばらばらと落ちる。また、葉っぱが散らかる。かき集める。一輪車にのせる。運ぶ。落ちる。集める。以下、繰り返し。

私は一輪車を押しながら、「こういうギリシャ神話の神がいたなぁ」と思った。たしか、タンタラス、だったか。岩を山の上まで転がしてゆく刑に処せられて、でも、頂上までいくとまたその岩が転がってやり直しになり、それが永遠に続くという、そんな、かわいそうなタンタラスのことが頭に浮かんだ。

しかし、私の落ち葉運びは一時間ほどで終ったのでよかった。ほんとうに、よかった。私がリビングに戻ってテレビをみていると、祖母が庭で落ち葉をかき集めていた。


温泉


「年末年始は実家で過ごし」とさっき書いたが、それは嘘だ。ほんとうは新潟で過ごした。新潟の湯沢というところで。

トンネルを抜けると、雪国だ。積雪数十センチ。私は「雪だ雪だ!」と思った。それから、あるマンションについた。その一室は親戚のおじさんが所有している別荘のような場所で、家族四人で借りることになったのだ。

あまりにもあっさりと年をこし、元旦、私は隣にある温泉に足を運んだ。雪国にだけしかけられている、地面から水が吹き出るミニ・噴水に気をつけながら、雪道を歩いた。

脱衣所にいって、全裸になった。扉を開けて、温泉に入る。私の脳内では即座に天下一武道会の開催を告げる中国のどわーんというドラの音が鳴り響いた。

温泉、あるいは銭湯でのみ発動するこの天下一武道会、ルールはかんたんだ。各選手の

(省略)

というわけで、今大会を制したのも私だった。

出でよ、シェンロン。


テレビ


年末年始のお楽しみは、なんてったってテレビだ。年に一回しか、お正月しか、テレビなんてみられないから。

横山ホットブラザーズ、桂文珍、トミーズ、昭和のいるこいるなんかをみると、お正月だなぁと思う。文珍師匠の「A面B面がなくなったと思ったらCDが出てきた」というギャグが、あいかわらず冴えていた。

私はお笑い番組しかみていなかったが、一つ思ったのは、「髭男爵はもっとキャラを守ってくれ」ということ。いつまででも、貴族の心を忘れないでいて欲しい。からだを張る番組とか、出ちゃだめだ。

それから、テレビには、美男美女がたくさん映ることに気づいた。ふだんは、私は野性を相手にしているハンターである。鋭い目をした、ハンターなのだ。

いつだって獲物は自分で探し、自分で狩る。ひとに出された食いもんにゃ、見向きもしねぇ。アイドル? 女優? へっ! そんな既製品、おれには必要ねぇ! おれのアイドルはおれでみつける! そう思っていた。

が、一人、私のハンターとしての心を揺さぶる人が、テレビ画面にうつされた。

「お母さん、この人だれ?」
「宮崎あおい」

彼女の名は、宮崎あおい、といった。おお、お、おおう‥‥‥。

まさか、こんなかわいい子が現れるとは予想外だった。宮崎あおいは、大学における私的かわいい子ランキング一位に輝くY子と同等か、ひょっとしたらそれ以上の存在だった。

けれど、この頂上決戦を制したのは、Y子であった。宮崎あおいのポテンシャルは計り知れないが、いかんせん、彼女はメディアを通じて与えられた幻想に過ぎない。私は、野性を相手にするハンターだ。いつだって、自分の五感によって獲物を探し、ハントする。画面越しに差し出されたオンナなんざ、所詮絵に描いた餅よ。

さようなら、宮崎あおい。いつか森でお目にかかるその日まで、さようなら。




私には妹が三人いる。大学生が一人と、無職が二人。後者の二人は猫だ。だから、ほんとは妹は一人だ。

妹は年々パワーがアップしている。体重もアップしている。暇なときなどは戯れに妹を片手で押したりするのだが、とうとう押し返されるようになった。動かざること山のごとし。

猫二人は、どちらも複雑な事情を抱えている。

特に下の子は、拾ってきた猫なのだ。これまでは実家で実の子同然に育ててきたのだが、彼女もそろそろ大人だ。ほんとうのことを言うべきときにきているのかもしれない。

私は、思い切って彼女に真実を告げた。

「チビ、実は、お前はもともとこの家の子じゃないんだ。河原に捨てられていたのを、妹が拾ってきたんだよ。だから、ほんとうのお父さんとお母さんは、だれだかわからないんだ。けど、心配しなくていい。今まで通り、おまえはここにいていいんだからね」

チビはこの真相を知って衝撃を受け、「ほんとうの両親に会いに行く」と言って家を飛び出すかと思ったが、予想に反し、彼女はまったく動じなかった。それどころか、喉を撫でたらごろごろいっていた。

チビは想像以上の大物に育っている。将来が実に楽しみだ。


いとこ


年始に、いとこの男の子がやってきた。高校三年生の受験生だ。

実に久しぶりに会った。彼は私のいとこの中では数少ないまともな青年なのだが、久しぶりすぎてびっくりした。めっちゃ声変わりしてる。背が私よりずっと高くなってる。前はちんちくりんだったのに、今じゃ私の方がちんちくりんだ。

彼は私たち家族がリビングでテレビをみているあいだ、別の部屋でずっと勉強をしていた。センター試験がもうすぐなのだそうだ。「受験生はたいへんだなぁ」と思った。

私がリビングでチョコがけラスクを食べながら漫才を見ているとき、彼は別の部屋で受験勉強をしていた。まさに受験シーズン。今が追い込み時である。

私はリビングでテレビをみながら「M-1はNON STYLEが取ったけど、2009年はオードリーの方が売れるかもな」と予想していた。一方同じ頃、彼は別の部屋で(おそらく)英語や社会の勉強をしていた。

私は、「がんばってね」とだけ声をかけた。勉強を教える、という選択肢は、ない。


祖父母


この年になると、祖父母はもう三途の川を渡るか渡らないか、というところまで来ている。母方の祖父はずいぶん前に死に、祖母は生存して私の両親と同居している。逆に、父方の祖母は二年ほど前に死に、祖父は生きている。

三日には、父と妹と私で祖父を訪ねた。

祖父は「一人暮らししとるんか?」と私に訊ねた。私は「はい」と答えた。祖父は「自炊しとるんか?」と私に訊ねた。私は「そこそこしています」と答えた。

もう四年ほど、毎年、このやりとりを繰り返している。それ以外の会話はしたことがない。

祖父には御年玉を頂いた。24歳、男性。まだ御年玉がもらえるなんて、子どもの頃は夢にも思わなかった。

「御年玉、預かっといてあげるよ」

と妹が言った。私は鞄を持っていなかったので、うかつにも自分の御年玉を渡してしまった。この後、取り返すのに一晩かかった。しかも、もしかしたら中身をすり替えられていたかもしれない、という可能性は否めない。

翌日の四日。私は荷物をまとめ、実家を去ろうとしていた。

「次はいつ帰ってくるんだい?」

祖母が私に訊ねた。

「次に帰ってくるのは、おばあちゃんの葬式のときかな」

という言葉が出かかったが、その言葉は飲み込んだ。


地元の友だち


数年前から、私は一度も地元の友人に会っていない。Aくんも、Dちゃんも、Hちゃんも、みんなみんな、過去の人である。

みな、就職、結婚、出産などなど、人生のターニングポイントを迎えているらしいが、それもただの風の噂。 最後に顔を合わせたのはもう三年前か四年前。

もしかしたら、私は彼らのあいだで「縁切り野郎」と呼ばれているかもしれない。あるいは「セルフ村八分」「音沙汰ナシ太郎」とか。

次に彼らに会うのは、葬式のときだろう。


あいさつ


今年もどうぞ、当ブログをよろしくお願いします。

今年はきっと、いいことがあるはずさ。おれにも、そして、みんなにも。うん、ぜったいいいことがあるよ。幸せが雨みたいに降ってくるはず。

いいことが、あるよ。たぶん。

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