2008/09/12

パリジェンヌに憧れて

だんだん秋めいてきた今日この頃ですが、みなさまお元気でしょうか? 清水くんはここ数日めっきり元気がなくなってしまいました。どうしたのでしょう? 試験が近づいてナーバスになっているのかもしれません。

あ、申し遅れました。あたしは清水くんの同居人の「岬」って言います。以前に少しだけこのブログに書かせてもらったこともあるんですが、今日の日記は久々に清水くんに代わってあたしが代筆したいと思います。

今日のお昼過ぎのことだったのですが、清水くんは急にトンチンカンなことを言い出したんです。

「岬ちゃん。俺、パリジェンヌを彼女にするよ」

この発言にはびっくり仰天してしまいました。とうとうプレッシャーで頭がふれてしまったのかもしれません。

「何を言ってるの。さあ、今日も、レッツゴートゥー図書館よ!」

「いや、パリからの留学生がうちの大学にやってくるんだ。それを出迎えて、おびき寄せて、パクッといってやろうって寸法さ」

「そ、そんなの無謀すぎるわ! 日本人男性は世界でもっとも人気がないのよ。そしてあなたは日本人男性の中でももっとも人気がない部類に入るのよ。恋愛格差社会におけるニートなの。それに、相手はパリジェンヌ。そんなの、ミジンコがティラノサウルスに挑むくらい無謀だわ! 存在を認識してもらえるかさえ疑問だわ!」

「やってみなきゃわからないさ」

ああ、いったい清水くんの自信はどこから湧いてくるのでしょう。日本人ともまともにしゃべれない人が、見つめ合わなくても素直におしゃべりできない人が、どうして外国人を口説けるでしょうか?

あたしはテーブルの上に無造作に置かれたプリントを見つめてみました。すると、赤いマーカーが引かれた部分には、学校がパリで、国籍がポーランドと書かれていました。

た、たいへんっ! 相手はポーランド出身のパリ在住の人よ! ぜったい国際派で教養人のお嬢様だわ! もしかしたらどこかの王族の家系かもしれないわ!  少なくともご両親には貴族に違いないわ!

「し、清水くん? いったいその子と何語でしゃべるつもりなの?」

「え、まあ、日本語かな。日本にくるんだから、少しくらいできるはずさ。だめなら、英語でなんとかするよ」

それから、清水くんは大学へと出かけてゆきました。だけど、あたしは心配でたまらなかったので、居ても立ってもいられず、帽子をつかみ取って目深に被り、サングラスをして家を飛び出しました。尾行作戦の開始です。

清水くんが通っている大学のキャンパスまで来ました。清水くんはよろよろとした足取りで門をくぐってゆきます。ここは前にもなんどか来たことはあるのですが、おしゃれで美しい建物がいっぱい立ち並んでいます。そこには青春を謳歌する大学生たちがぽつりぽつりと歩いていたのでした。清水くんは、学生たちのあいだを幽霊のような足取りで歩き、とある建物に入ってゆきました。

それから、建物の入り口で清水くんが出てくるのをしばし待ち伏せしていたのですが、な、なんと! 清水くんが日本人女性と連れ立って出てきました。どういうことなのでしょうか。ターゲットは外国人だったはず!

けど、それから清水くんとその女性は最寄り駅へと向いました。

(そ、そうか。これから二人で出迎えにいくのね!)

あたしは地下鉄の電車内で人ごみに紛れ、彼らの背後に近づき、おしゃべりを盗み聞きしてましたが、二人とも敬語だったのでどうやら初対面のようです。見ると、清水くんが緊張しているのがわかります。声がいつもと違うのです。もともと初対面の人間が苦手で、しかも図書館で二ヶ月近く哲学の本に浸して暗所栽培された彼の対人スキルは臨界値ギリギリまで低下しているに違いありません。

(がんばって清水くん! パリジェンヌなんか狙うことはないんだわ! その日本人の女の子で十分よ。がんばっておしゃべるするのよ。ほ、ほら、間が出来てるわ。なにか、とっても楽しいおしゃべりをしてあげなさい! そしたらきっと、イチコロなのよ!)

あたしは草葉の陰から清水くんを応援しました。けど、彼は、ようやく思い切って口を開いたと思ったら「実家はどこですか?」「何語を勉強してるんですか?」と、そんな当たり障りのないことばかり聞いています。

(何をしてるの清水くん! それじゃ初級英会話の日本語訳じゃないの!)

そうこうしているうちに、京都駅のメインゲートに到着です。

(そ、そうだ! 今のうちにその日本人女性にメアドを聞くのよ! ほら、そこだ! やれっ! ‥‥‥やらない‥‥‥)

相も変わらず、彼らは初対面の大学生の典型的なやりとりをしていました。ああ、そんなことだから「真面目」だの「ふつう」だの「静か」だのと言われてしまうのです。彼はこれらの言葉の真の意味が分かっているのでしょうか? これは要するに「おもしろくない」「魅力がない」「ネクラ、っていうかもうキモイし死ね」という意味に他ならないのです!

数分後、ぎくしゃくした会話を続ける二人の目の前に、大きな荷物を持った外国人の女性が現れました。きっとあれが例のパリジェンヌなのです。

だけど、なんということでしょう! 彼女は外国の映画で見たようなきれいな女性でした。それに、清水くんより背が高いのです。準備万端で底の厚い靴を履いていった清水くんより、10センチほど高いのです。ああ、やっぱりミジンコとティラノなんだわ!

あたしはなおも、三人のあとをつけました。地下鉄で電車を待っているときには、彼らの話に耳を傾けていました。けど、どうやらあのパリジェンヌは日本語があまりできないようです。ずっと、英語で会話をしています。

(ああ、清水くんが、会話について行けてないわ!)

そう、日本人女性とパリジェンヌは流暢に会話をしているのですが、明らかに清水くんの口数が少ないのです。顔には恐怖の色が浮かんでいます。今にもバタンキューと倒れてしまいそうな雰囲気です。まったく、言わんこっちゃない。

これはあとで聞いた話なのですが、パリジェンヌはもちろん母国語のように英語を話せるし(彼女はなんと、ポーランド語、フランス語、チェコ語、英語がしゃべれるのです!)、日本人の女性も10ヶ月ほどカナダに留学していたらしいんです。それに引き比べ、清水くんは英語圏留学の経験もないクズなんです! TOEICが600点弱のゴミなんです! その差は歴然!

「わ、わっとらんぐえっじ、どぅーゆーすぴーく?」

清水くんはありったけの英語知識を駆使してしゃべっていましたが、やはり思うようにいかないようです。いろいろな必要事項の説明は、とうとう日本人女性に頼ってばかりになっていました。ほら、とうとうパリジェンヌも、女性の方にばかり話しかけるようになっています!

(もうやめてあげてっ! 清水くんの残りライフはとっくにゼロよ!)

いくら心の中で叫んでも、彼女たちには届きません。

ああ、それに‥‥‥なんということでしょう。あたしは、気づいてしまったのです。パリジェンヌの左手薬指に光る、指輪の存在に‥‥‥。

あたしはもう、それ以上、清水くんの惨めな姿を見るのに耐えられなかったので、涙をこらえ、一足先に部屋に帰ってしまいました。

(清水くん、命だけは無事で帰ってきてね‥‥‥)



夜、もう七時を過ぎていました。

清水くんが憔悴しきった表情で、玄関のドアを開けて帰ってきました。

「お、お帰り! どうだった? ちゃんとお出迎えはできたかしら?」

「ああ、それは、問題なかったよ。だけど、『パリジェンヌを恋人にしよう計画』は、もう中止だ」

「そ、そうよね! やっぱりターゲットは日本人にすべきだわ。目には目を、日本人には日本人を! 大和撫子万歳!」

「その子‥‥‥もう、婚約してたんだ‥‥‥。来年帰国して学校を卒業したら、結婚するんだってさ」

「そうなの‥‥‥でも、きっと、これは神様のお告げなんだわ。清水くんにはパリジェンヌなんか似合わないのよ。あんな女のことはセーヌ川に流して忘れるのよ。だって、前言ってたじゃないの。清水くんはドイツが好きだって。きっと、ドイツ人の生まれ変わりなんだって。血液の代わりにビールとソーセージの肉汁がからだ中を流れているって。ドイツとフランスは犬猿の仲なのよ。だから、パリジェンヌとは相性が悪いのよ。それに、もし清水くんがよければ、あたしが‥‥‥」

ふと顔を上げると、清水くんはもう目の前にはおらず、寂しげな背中を向けて、部屋の隅の机でノートパソコンに向っていました。肩越しに覗き込んでみると、ニコニコ動画でテレビゲームの実況中継を見ているようでした。

「ああ‥‥‥ガーネット姫‥‥‥かわいいよ‥‥‥」

こんどは、ゲームのヒロインを恋人にすると言い出すかもしれません。
この記事へのコメント
清水君は元気がなくなったのね。

私は仕事がなくなったわ!!
Posted by かけ間違えた塾のあの 元・事務員(長崎市出身) at 2008年09月13日 00:21
ちょ、ちょっと、辞めてしまったんですか!? っていうか今週の金曜も授業がないってどういうことなんですか!? おかしい! 狂ってる! うあああっ!!
Posted by 清水 at 2008年09月15日 01:33
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