2008/07/07

恋の心理学

心理学科の友人に頼まれ、実験のモルモットになった。

友人、というのは女の子で、これまで何度もお茶に誘ったりしたのだがその度に「忙しい」と断られてきた。ひどい話である。ぼくはなんだかイヤになってしばらく連絡を取らずにいたのだが、ある日、突然のメール。

「今度の月曜日学校くる?」

との質問。ぼくは、これはもしや、ようやくその気になったか? と期待に胸躍らせた。喜び勇んで「行くよ! どうして?」と返信すると、

「友達の実験の被験者になってくれないかな?」

である。どうやら、ぼくは男というより、モルモットとして見られているようだ。

が、「友達」という部分に少々期待を膨らませてくれる要素が臭ったので、ぼくはホイホイと実験のモルモットになることを承諾した。

心理学の実験室は、意外にもいつも訪れている文学部研究室棟地下に存在した。ふだん、多くの人は絶対に足を踏み入れないどころか、地下に部屋があることすらほとんど認識していない。が、エレベーター横にあるドアをみると、

「心理学実験室」

とある。なんともゴキゲンな漢字の羅列である。

ぼくは閑散とした階段をこつこつと足音を響かせながら下って行った。一年以上この建物に出入りし、教授の研究室なども訪問していて、ここに足を踏み入れるのは初体験である。指定された番号の研究室を見つけると、ドアがあいていて、中を覗き込むと白衣を着た女性がいた。

「清水さんですか? わざわざありがとうございます」
「いえ」

ぼくは緊張していた。その部屋は文学部の研究室とは思えないくらい、いかついメカで埋め尽くされていた。それに、実験を行う目の前の女性──仮にMさんとしよう──は思ったよりずっと美人だったのだ。

「それでは、こちらの奥の部屋に入ってイスに腰掛けてください」

ぼくは言われた通りその小部屋に入った。機材のケーブルが床を這い、イスの横にはこれまたよく分からない機器がある。目の前に小さめのスクリーン。あまり居心地のいい場所ではない。

「指に機械をつけますね」

と言って、彼女はぼくの左手の中指に奇妙な機械を取り付け、人差し指と薬指に電極を取り付けた。

「中指、痛くないですか?」
「大丈夫ですよ。指の一本や二本、かまいません」

すると、Mさんが笑った。というのは嘘で、ぼくはそんな気の利いたジョークも言えず、言われるがままに機材を取り付けられていた。

「リラックスする時間を取りますので、いったんドアを閉めますね」

彼女が部屋を出て、ドアを閉めた。すると、壁に空いていた穴から一斉に紫色のガスが吹き出してきた。ぼくはとっさに立ち上がり、ドアを叩いた。

「出してくれ! なんなんだこれは。話が違うじゃないか」
「あっはははは! あんたにはあたいの実験のモルモットになってもらうよ!」
「くっそー! この女、マッド心理学者だったのか!」

という展開もなく、スムーズに実験ははじまった。(ドアを閉めるところまではほんとうである)。

それから、ぼくは画面に映し出される数字をみて足し算をし、マウスでその答えの下一桁をクリックするという退屈な実験を3分かける3回行った。疲れた。

「お疲れさまでしたー」

ドアが開いて、実験が終了した。

「実は今の実験は、課題遂行をしたあとにため息をするとどういう効果があるか、というのを調べるものだったんですよ。なので、一部モニターで様子を見させていただきました」

な、なんということだろう? ぼくは気づかないうちにMさんに顔を見られていたのだ。なんてこった。esの世界だ。

「課題が終ったあと、ため息つきました?」
「あまり覚えていませんけど、たぶんしてません」
「そうですね、モニターで見た感じ、微妙なところでしたね。ところで、どんなときにため息をつきます?」
「がっかりしたときとか、疲れたときとか‥‥‥あと、きれいな女性をみたときとか。ハァ‥‥‥」
(キュン)

という展開もなく、そんな気の利いた発言もできず実験は終り、ぼくは御礼のお菓子一つを鞄に入れて実験室を去った。

もう一度大学に入り直して、こんどは心理学科で「女心を掴む研究」をしたい。
この記事へのコメント
どうも!フルスイングで青春をドブに投げ捨ててるキイチです。

このお誘いは間違いなくフラグですよ、しかも便利に使われる方の・・・、なんだろう、妄想ってその場で実現できてれば確実に事態が好転すると思うのにその場じゃそんな機転ききませんよね。
残念な限りです!
Posted by キイチ at 2008年07月08日 23:33
おや、その言い回し。さては滝本さんの愛読者ですね!?

女性にはできる限り臭いセリフを涼しい顔して言う、というのがベストな戦略かと思いますが、なかなか難しいですよね、いざとなると。そうやって機を逸した回数は、もはや数えきれません。
Posted by 清水 at 2008年07月09日 21:58
フランソア喫茶室の魔女さんが実験のモルモットを探していましたよ!!
Posted by ながさき at 2008年07月10日 19:48
そんなの、絶対ナベで紫の液体といっしょに煮られるじゃないですか! イヤです。断固拒否します。

こんなにあの魔女に目をつけられるとは!!
Posted by 清水 at 2008年07月10日 23:16
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