2008/07/01

御多福珈琲

ネットラジオ『トム&ハンクス』が、最終回を迎えてしまった。二年近く楽しませてもらったこのラジオが終了し、もはやぼくの手元に残された娯楽は読書だけとなってしまった。

先日いっきに9,000円分の本を購入し書籍部のレジの人に苦笑いさせたところであるが、きょうも四冊買ってしまった。トム&ハンクスが終ってしまったことによるヤケ買いである。ヤケ読みである。

ぼくは『漱石文明論集』を携えて四条河原町のあたりにあるソワレという喫茶店に向った。いくつものいかがわしいお店を横目に見つつ、出会い喫茶なるもののチラシを手渡されそうになりつつ、ソワレに向った。着いた。定休日であった。ずっこけた。

そこで、急遽予定を変更して御多福珈琲(オタフクコーヒー)に行った。

狭い入り口はすぐに地下への階段に通じている。たぶん太ったアメリカ人は腹にグリスを塗らないと入れないだろうという狭い階段を降りてB1へ。そこは10人ちょっとで満席になってしまいそうな、こじんまりとした部屋になっていた。

「いらっしゃい」

気さくで爽やかなマスターがぼくを迎えてくれた。と同時に、ぼくの目を奪ったものが一つ。マスターのもみあげである。

それはそれは長く立派なもみあげがマスターの両頬にあった。ややもすれば顎の下で左右のもみあげが出会い、その幸福な結婚がヘルメット的なシルエットを形成するのではないか、というほど立派なものだった。

ぼくはブレンドコーヒーとジャムトーストを注文した。店内を見回す。実にシンプルだ。小さな木製のテープルが六つか七つ。それにカウンター席。どこにいてもマスターの声ともみあげを堪能することができる。

鞄から漱石の本を取り出し、ぼくは「私の個人主義」を読みはじめた。さまざまな本で言及されているこの講演記録、お固い論文的なものかと思ったらとんでもない、ユーモアに富んだ軽快なトークであった。ぼくはなんどもコーヒーを吹き出しそうになったほどだ。

しかし、いかんせん狭い店内なので、どうしても他の客のことが気になってしまう。なにしろ隣の客とはももとももが触れ合いそうな距離なのだ。

二つとなりにはハーフらしき男性と外国人が好きそうな女の若いカップルがいた。二人はハリウッド顔負けのアメリカン・イングリッシュを交えながらおしゃべりをしていた。アメリカのハイスクールがどうの、ユニヴァースィティーがどうの、ということであった。ぼくは、自分が英語をしゃべれないことが悔しくなり、心の中で自分に「Son of a bitch!」と叫んだ。

すぐ隣にはOLらしき女性と若い今風の男性がいた(「今風」というのはオブラートに包んだ表現なので、各自心の中でそのオブラートを剥がして頂きたい)。女性は饒舌だったが、男性はなにか気乗りしないのか、終始寡黙であった。十中八九、女性の方がかなり年上だ。なんだかカネのにおいがした。ぼくは、ふと、浪人時代に図書館の司書のおばさんにラブレターをもらったことを思い出し、コーヒーの苦さが60倍になった。

そう、コーヒーはかなり濃く、苦かった。しかし、それがおいしかった。コーヒーのおいしい喫茶店である、ここは。

人柄のいいマスターとアットホームな店内がぼくらを迎えてくれる地下の隠れ家的喫茶店、御多福珈琲(モミアゲコーヒー)に、ぜひ足を運んで頂きたい。

2008/07/06

一大扇風

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扇風機を買った。

扇風機、という単語の大正デモクラシー臭さは置いておくとしても、扇風機、これはなかなかいいマシィンである。

一人暮らしをはじめてから、「家電は最小限しか置かない」というポリシー(経済的理由)によってテレビもラジオも扇風機もなかったわけであるが、クーラー(これは備え付けだからある)のみの冷房力に頼った結果、クーラーの寒さはからだに悪い、とくに弱った喉にはたいへんキツいということが明らかになった。そこでいよいよ扇風機の登場とあいなったわけだ。

無印良品に並んだ扇風機のうち、ぼくはマイコン式のやつを買った。リモコン式の5,900円とかいうブルジョワ階級のためのものもあったが、ぼくごときシュードラにはマイコン式で十分だった。六畳一間の部屋で、リモートなコントローラーは必要ないのである。リモートになりようがないからだ。

ところでマイコンとはなんだろう? 人気ラッパー・エイコン。キリスト教のイコン。水を多めに含ませた安いコンクリート、通称シャブコン。コン・シリーズでぼくが把握しているのはこの程度だ。マイコンは知らない。

舞ちゃん。麻衣ちゃん。そこから転じてマイコン、だろうか。マユポンみたいなものだろうか。

「マイコンおはよー!」

といった女子高生花園学園の垂涎物シチュであろうか。 夏だから汗でYシャツが濡れてブラが透けて見えるというアレであろうか。

しかし、まあ、マイコンは置いといて、この扇風機、思ったより組み立てが大変であった。風邪気味のからだではネジをしめるのさえ大仕事である(おとといから風邪をひいいてるのだ)。力むと頭がクラっとする。からだを動かすと暑くてさらにクラクラするのでクーラーをつけてしまった。(いまのダジャレには後悔を禁じ得ない)

とりあえず、ぼくに残されたすべきこと、サムシング・トゥ・ドゥーは借りてきたルパン三世の映画DVDを観照することだけである。とっつぁんがルパンを追っかけている横で、扇風機は順調に回転しぼくの火照ったからだに風を送り続けている。

2008/07/07

恋の心理学

心理学科の友人に頼まれ、実験のモルモットになった。

友人、というのは女の子で、これまで何度もお茶に誘ったりしたのだがその度に「忙しい」と断られてきた。ひどい話である。ぼくはなんだかイヤになってしばらく連絡を取らずにいたのだが、ある日、突然のメール。

「今度の月曜日学校くる?」

との質問。ぼくは、これはもしや、ようやくその気になったか? と期待に胸躍らせた。喜び勇んで「行くよ! どうして?」と返信すると、

「友達の実験の被験者になってくれないかな?」

である。どうやら、ぼくは男というより、モルモットとして見られているようだ。

が、「友達」という部分に少々期待を膨らませてくれる要素が臭ったので、ぼくはホイホイと実験のモルモットになることを承諾した。

心理学の実験室は、意外にもいつも訪れている文学部研究室棟地下に存在した。ふだん、多くの人は絶対に足を踏み入れないどころか、地下に部屋があることすらほとんど認識していない。が、エレベーター横にあるドアをみると、

「心理学実験室」

とある。なんともゴキゲンな漢字の羅列である。

ぼくは閑散とした階段をこつこつと足音を響かせながら下って行った。一年以上この建物に出入りし、教授の研究室なども訪問していて、ここに足を踏み入れるのは初体験である。指定された番号の研究室を見つけると、ドアがあいていて、中を覗き込むと白衣を着た女性がいた。

「清水さんですか? わざわざありがとうございます」
「いえ」

ぼくは緊張していた。その部屋は文学部の研究室とは思えないくらい、いかついメカで埋め尽くされていた。それに、実験を行う目の前の女性──仮にMさんとしよう──は思ったよりずっと美人だったのだ。

「それでは、こちらの奥の部屋に入ってイスに腰掛けてください」

ぼくは言われた通りその小部屋に入った。機材のケーブルが床を這い、イスの横にはこれまたよく分からない機器がある。目の前に小さめのスクリーン。あまり居心地のいい場所ではない。

「指に機械をつけますね」

と言って、彼女はぼくの左手の中指に奇妙な機械を取り付け、人差し指と薬指に電極を取り付けた。

「中指、痛くないですか?」
「大丈夫ですよ。指の一本や二本、かまいません」

すると、Mさんが笑った。というのは嘘で、ぼくはそんな気の利いたジョークも言えず、言われるがままに機材を取り付けられていた。

「リラックスする時間を取りますので、いったんドアを閉めますね」

彼女が部屋を出て、ドアを閉めた。すると、壁に空いていた穴から一斉に紫色のガスが吹き出してきた。ぼくはとっさに立ち上がり、ドアを叩いた。

「出してくれ! なんなんだこれは。話が違うじゃないか」
「あっはははは! あんたにはあたいの実験のモルモットになってもらうよ!」
「くっそー! この女、マッド心理学者だったのか!」

という展開もなく、スムーズに実験ははじまった。(ドアを閉めるところまではほんとうである)。

それから、ぼくは画面に映し出される数字をみて足し算をし、マウスでその答えの下一桁をクリックするという退屈な実験を3分かける3回行った。疲れた。

「お疲れさまでしたー」

ドアが開いて、実験が終了した。

「実は今の実験は、課題遂行をしたあとにため息をするとどういう効果があるか、というのを調べるものだったんですよ。なので、一部モニターで様子を見させていただきました」

な、なんということだろう? ぼくは気づかないうちにMさんに顔を見られていたのだ。なんてこった。esの世界だ。

「課題が終ったあと、ため息つきました?」
「あまり覚えていませんけど、たぶんしてません」
「そうですね、モニターで見た感じ、微妙なところでしたね。ところで、どんなときにため息をつきます?」
「がっかりしたときとか、疲れたときとか‥‥‥あと、きれいな女性をみたときとか。ハァ‥‥‥」
(キュン)

という展開もなく、そんな気の利いた発言もできず実験は終り、ぼくは御礼のお菓子一つを鞄に入れて実験室を去った。

もう一度大学に入り直して、こんどは心理学科で「女心を掴む研究」をしたい。

2008/07/10

携帯に踊らされて

登録してないアドレスからメールが着た。

「久しぶり、元気? いま旅行で京都に来てるよ! やっぱいいところだね」

とのことだ。その前にまず名を名乗れと言いたい。

文面から察するに、90%は地元の幼なじみ、9%は浪人時代の友人、残り1%はその他の有象無象である。

残念なことに、ぼくは二年ほど前に逆村八分を遂行し、地元の友人のアドレスはすべて削除してしまっていたのだ。もう、誰だか分かりゃしない。この前は「子どもが生まれました!」という文面で写真付きのメールが送信されてきたが、その親に関しては一切詳細不明のままである。まず名を名乗れと言いたい。

今回のメールも差出人不明で、仕方がないので、ぼくは

「だろ? 楽しんでってね!」

と返信した。今頃、旅館で温泉でも入っているのだろう。誰だか知らないが。


それから、こんどは知り合いの写真部員からメールが着た。卒業アルバムの写真を撮るから、その旨四回生の知り合いらに伝えて欲しいとのことだった。しかし、ぼくは自分だけ写れればいいので、さっそく

「おれをいちばんに撮れ! タキシード着てくから!」

と返信してやった。そしたら、撮影は土曜日の朝だとのこと。

困った。ぼくは、ほんとはタキシードなんて持ってないのだ。今からじゃシルクハットくらいしか用意できない。仕方がないので、土曜日は全裸にシルクハットで撮影に臨もうと思う。


ぼくから連絡を取ったりもした。相手はこの「ハナ」という日記にも登場した女の子である。あ、そうそう。前回の日記の冒頭にも出てきた友人である。(そろそろ出演料を請求される頃かもしれない。)

ぼくは土曜日に学食で食事をしたあと四条河原町のあたりの老舗カフェに行こうぜ、と誘ったのであるが、女の常套句「ごめん、○○があるから無理」というカードを切られてしまった。今回、○○の部分は「勉強」であった。

それでも強引に

「たまには付き合ってくれてもいいじゃないか(泣いてる顔の絵文字)」

と返信してみたが、二通ほどの攻防のあと、結局学校近くのカフェで済ませる、という妥協案に落着いてしまった。せっかく「築地」か「ソワレ」あたりに連れて行っておごろうと思ったのに、残念である。


他には、個別指導の塾から電話が着て、来週から指導に入って欲しいとのこと。

実はきのう、某個別指導塾の面接を受けたのであるが、さっそくお呼びがかかったようだ。ようやく仕事にありつける。10日ほど前に別の塾の面接も受けて見事落ちて、一時はどうなるかと思ったが、ようやく一安心だ。

指導科目はどうやら国語らしい。このブログで二年間培った文章力を活かして、テキストのなんたるかをしっかり教えてやろうと思う。お兄さんが、しっかり教えてあげようと思う。ところで、生徒は高校生の女の子らしい。女子高生である。いわゆるJKだ。

うへ、うへへへ。お兄さんが、いろいろ教えてあげるよ。


(ジョークです。通報しないでください)

2008/07/12

太陽がやらせた

きょうは朝っぱらから卒業アルバムの撮影であった。

ぼくは写真部の友人(高身長ハスキーヴォイス)との約束通り、朝一番に撮影所に駆け込み、文字通りINO・ICHIBANNに撮影してもらった。(撮影時のことについては笑顔がつくれなくて閉口したなどの理由により省略する。ぼくの表情筋は8歳のときに死滅したのだ。)

撮影が終ると、一枚のアンケートをお願いされた。これも卒アルに載るかもしれないのだそうだ。ぼくは掲載されるようにがんばって質問に答えた。


 質問 在学中に付き合った異性の数は?
 答え 56人

 質問 あなたの経験した珍しい恋愛エピソードを教えてください。
 答え キスしたら呪いが解けて元に戻った。


といった調子である。これほどの経験をしている人はそうはおるまい。掲載間違いなしである。もしくは、卒アル編集委員らに読まれて失笑の嵐、であろう。(あとで気づいたが、56人は「ごろくにん」と読まれてしまったら残念だ。57人か54人と書けばよかった。)


それから、お昼はY子とデートだった。学校の隣のカフェに行くことになった。

そこでぼくはヘーゲルだったかベーグルだったか忘れたが、そんなような名前のものを食べた。Y子はケーキを食べていた。(もしかしたらケーキじゃなかったかもしれない。)

食事をしつつ、しばらくぼくらは友人の近況、卒業後の進路のことなどについて話していたのであるが、彼女は手帳を取り出し、あるページを開いて

「この詩、どう思う?」

と言って一編の詩を見せてきたのである。だが、ぼくはあまりピンと来ず、むしろ最後の方に書かれているエロい言葉にドキッとさせられただけだった。ぼくはなぜこんなものを読まされたのか謎であった。(ヴィクトリア朝育ちのぼくには刺激の強過ぎる記述だった。)

が、ぼくは悔しかったので同じくエロい話をしてやろうと思った。浪人時代の友人Nくんが部屋にしこたまエロ本を溜め込んでエロ・ライブラリー、もしくはエロ・アーカイヴとでもいうべきものを作り上げていた、という話をしてやった。失笑されただけであった。


挿話 『本好きな女性の口説き方』


「いま付き合ってる人いるの?」
「いないよ」
「ほんとに? そんなにかわいいのに」
「またそういうことをいう‥‥‥。あたしは本だけが恋人ですから」
「おれ、本になりたいな」

終り ※この挿話は本編とは一切関係ありません。



一時間弱、彼女と喫茶店で過ごし、外に出た。むわーっと夏の熱気。近くの寺から歩いてくる坊さんの列。

「○○寺歩いて行こうか」とぼく。
「うん」 とノリノリのY子。

ということで軽く散歩に連れ出した。暑くて熱中症になりそうだった。


挿話 『夏場の女性の口説き方』


「暑いね。熱中症になっちゃいそう」
「そうだね。でも、ぼくはすでにきみに熱中症」

終り ※この挿話は失敗でした。



そういうわけで、ぼくらはぐるっと寺の庭をまわってから大学に戻ってきてお開きとなったわけだ。

ああ、暑い、暑い。なんて暑い日だったんだろう。まるでカミュの『異邦人』の世界だ。

すべて、太陽がやらせたのだ。

2008/07/13

流れゆく文字

半年に一度の鬼門、試験期間のおでましだ。

大学は高校みたいに制服があるということもなく、大学生であるというだけで夜更かしや寝坊が許されるすばらしい場所だが、唯一、試験があるという欠点が存在する。(もう一つ、授業があるという欠点もあるが。)

過去、すでに六回もの試験を経験してきたぼくでも、この時期になるといくぶん緊張の色が隠せない。そろそろ勉強しなければとか、ノートの整理をしなくちゃとか、今回は教授にいくら渡そうかとか、そんなことばかり考えてしまう。

ほんとはずっとネットでニコニコ動画とか見ていたいのに、勉強をしなければならぬ。というわけで、ぼくは机に向ってカリカリと勉強を開始する。ペンの持ち方を思い出す。自分の名前がちゃんと書けるように練習する。

だけど、10分もすればめんどくさくなって、脳裏をよぎるのは「退学」の二文字である。脳の中を、右から左へと「退学」「辞めたい」「自由が欲しい」などなどといった文字列が流星のように流れてゆくのだ。ときどき、青くて大きい文字で「勉強つまんね」という言葉も流れてゆく。

ぼくの脳はいよいよ思考の中にまでニコニコ動画のシステムを取り入れたようだ。

2008/07/20

試験前はメルヘンに

ふと、試験が終ったら豆大福屋でバイトをしようかと思った。バイトくらいは、福のある生活をしてもいいんじゃないか、というおこがましい気持ちが湧いてきたのである。

しかし、部屋の精が

「あなたなんかには大福屋はもったいないわ。中福屋で十分よ」

と言うので、立場の弱いぼくはその言葉に従おうと思った。すると、今度はお風呂場の精が

「だめだめ。中福屋でも不釣り合いよ。小福屋にしなさい」

と言ってきた。ぼくはしぶしぶ小福屋で働こうと思った。すると、次に玄関の精が

「それでもまだだめだね。無福屋にしなよ」

と言ってきた。ぼくは仕方がないので無福屋で働くことにした。

しかし、いざ無福屋で働こうとすると、そのようなお店は存在しないのだった。そのようなお店は存在しないことに気づいたのだった。

「こらーっ、おまえたちぼくを騙したなー!」

ぼくは部屋の三人の妖精たちに怒ってやった。みんな「わーっ!」って言ってた。叫びながら、所狭しと部屋の中を右往左往。壁にがんがんぶつかりながら飛び回っていた。なんだかんだで、こういう悪ふざけみたいなことが楽しいのである。

試験前のぼくは、こんな感じだ。

2008/07/24

ドイツ語検定試験B2

バイトしようかと迷っていた大福屋。もたもたしているうちに募集がなくなっていた。無福屋である。冗談から出たなんとかである。

これだけならまだしも、ぼくにはさらに憂鬱なことが待ち構えていた。なんと、大学の期末試験中にもかかわらず、ドイツ語の検定試験に申し込んでいたのだ。ゲーテ・インスティチュートという難しい名前の機関がやっているB2という試験。これを受けることにしてしまったのだ。

そういうわけで、きょう、大阪のゲーテまで行ってきた。

この語学学校は日本では東京・京都・大阪の三カ所に存在し、ドイツ語を世界共通語にしようというヒトラーの野望を実現すべく日夜暗躍している(嘘ですよ)。「お前は京都に住んでるのだから京都のゲーテ・インスナンタラに行けばいいではないか」と思われただろうが、京都のゲーテ・ナントカは生徒が少なく消滅寸前のためB2の試験をやってないのである(これは割と本当だ)。

いざ、ゲーテ大阪校のある梅田スカイビルへ。

しかし、このクリップを模したビルは大阪駅から見えるのにやたらと遠い。一直線に行ければ比較的近いのだが、間に無数の線路というか、電車の車庫みたいなものがあって歩けないのである。そこで、コの字を左右反転させた形で歩いてゆかねばならない。「地下道とか作ってくれれば便利なのになぁ」と思いながら歩いていった。(帰りに地下道が存在することに気づいた)

試験会場はスカイビルの35階だ。オーストリアかどっかの大使館の隣である。窓からは大阪駅を中心とした壮大なパノラマが一望できる。そして、窓の内側には(外側ではなく)受験生が10人ばかり座っていた。ほとんど女であった。

不思議なのだが、大学に入ってからというもの、行く所行く所女だらけである。映画館に行っても女ばかり、カフェに行っても女ばかり、女湯を覗いても女ばかりである。この世の半分は女だ、とはよく言うが、実際は八割くらいいると思う。

さて、余分なことばかり書いたが、きょうの試験はボロクソであった。素で、惨敗であった。六割が合格ラインなのだが、せいぜい運がよくても五割‥‥‥いや、四割であろう。それほどにきょうの試験は難しかった。偏差値50で東大を受験した気分である。マーチだって受かりゃしないのである。せいぜい日東駒専くらいの実力しか、ぼくにはなかったのである。(日東駒専の学生の方々、申し訳ありません)

はじめのリスニングが終ったとき、ぼくは35階から飛び降りたい衝動に駆られた。「飛びてー!」と心で叫んだ。

「生まれて、すみません。三日とろろ、美味しゅうございました」

が、窓が開かないというアクシデントのため、飛び降りは断念せざるをえなかった。

ぼくは、すごすごと梅田スカイビルを去った。クリップみたいな建物が、ぼくを虫けらのように見おろしていた。

今回の日記は(も)特にオチが思いつかないのであるが、試験にはオチたということで、勘弁してもらいたい。ぼくの今の心境を思いやった上で、勘弁してもらいたい。

2008/07/30

おれのズッキーニ

というわけで、本日をもって期末試験が終った。

もうかれこれ三年半感じていることだが、試験期間中は大学にさまざまな生徒が溢れている。そう、脳みその代わりに綿が詰まっていそうな雰囲気の人々である。おかげで図書館は喧噪渦巻くスバタ的空気に包まれていたが、それも本日付けくらいで終るはずだ。

何を書くか決まらないまま四センテンス無駄にしたわけだが、いま書こうと思っていたことを思い出した。きょうのイタリア語の試験ですばらしいものを見たのだった。

そのイタリア語の授業ではちょっとした顔見知りの女の子が一人いたのだが、その子の変貌ぶりがすごかった。以前は大人しくて地味な子だとばかり思っていたのに、だんだんとファッションが過激になってきたのだ。徐々に露出が激しくなってきたのだ。

はじめはふつうにシャツとジーンズといった出で立ちだったのだが、きょうはもう、全身黒で、上はアミアミで肌が透けて見え、下はと言えば、白い太ももがあらわであった。しかも、これは強調しておきたいのだが、太ももはあらわでさらにニーソである。黒いニーソックスである。

以前はなんとも思っていなかった子だが、このようなアートを見せつけらてはぼくのズッキーニも眠ってはいられなかった。ジッパーに封印されていたイタリア人の魂が疼き出した。

疼きつつも問題を解くこと一時間と少し。ようやく解答を終えたのは試験終了3分前という体たらく。しかも、何カ所か自信のないところもあった。ぼくの中のイタリア人の血液はぜんぶ下の方に集まり、頭がお留守だったようである。
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