2008/01/07

今年は年男

ちょっと遅い気もするけれど、あけましておめでとうございます。

年末年始は実家というシェルターで、クリスマスに傷ついた心を休ませておりました。来る日も来る日もビリーズ・糖尿・キャンプ。テレビをみて、餅を食って、お菓子を食って、テレビをみて、23なのに親戚に御年玉もらって、という涙なしには直視できない哀しいだめ男となっていたのでした。

しかし、そんな怠惰な生活も強制終了させざるをえない現実がぼくの目の前に差し迫っているのです。嗚呼、また授業のお出ましだ‥‥‥。一回一時間半の授業に集中できない、年男の23歳でございます。

さて、憂鬱ながらもあすの社会復帰をめざして、世間様にお顔をさらせるよう、いつもより長く風呂に入り、念入りに髪を洗いひげを剃りました。これできれいきれいと鼻歌まじりでいたところ、おや、なんだか夢見心地。

湯冷めしてお腹を壊し、なんだか風邪っぽいです。

2008/01/22

初体験の思い出

数日前、ぼくは三限の授業が終ったあとも図書館で一人試験勉強に励んでいた。この時期の図書館はいつも学生でいっぱいでイライラする。

レポートの課題として教授が指定した本を読み進める。ふと目を上げると、悦子が遠くの方の席に座っているのが見えた。そういえば、悦子とはもうしばらくしゃべっていない。ぼくは彼女と久しぶりに食事をしながらしゃべりたいと思ったけど、図書館で話しかけると他の人に迷惑になると思ったから、メールで誘った。

約束の七時になると、ぼくは本を鞄にしまって彼女の肩を叩きに行った。久しぶりに会ったのに無言でいなければならないのが、気恥ずかしくもありもどかしい。

試験前で混雑している食堂で食事をした。就活の話、期末試験の話、さまざまな近況報告。前に会ったときは茶色がかっていた彼女の髪も、就活のためか、真っ黒に染め直されていた。

一時間ほど経って、ぼくと悦子は席を立ち、食堂を出た。京都の冬の寒さは厳しく、とたんに首をすぼめずにはいられなかった。

門を出ると、すぐにぼくと悦子の帰り道はわかれてしまう。だけど、ぼくはもう少し彼女と話していたいと思った。

「あの、よかったら部屋まで送って行くよ」
「え、そんな、悪いからいいよ」
「いや、さいきんこの辺り痴漢が頻繁に出るらしいからさ」

そういうと、悦子はコロッと騙されて、「じゃあ」と言った。悦子の部屋までの道すがら、ぼくは悦子に、5円玉と50円玉には穴が空いてるのにどうして500円玉には穴が空いてないのかの理由について嘘八百を並べ立てた。すると、彼女は感心しながら聞いていた。

十分ほどすると、彼女の部屋の前に着いた。

「じゃあ、またいつか」
「あ、清水くん。そういえば、さいきんこの辺りイスラム過激派のテロが頻繁にあるらしいよ。あたし、送ってくよ」

彼女はそういうと、ぼくといっしょに歩き出した。ぼくは、常にマグナムと手榴弾をバッグに入れて持ち歩いている悦子に送ってもらえるということで、内心ホッとしていた。十分ほどすると、ぼくの部屋の前に着いた。

「きょうはどうもありがとう」とぼくがお礼を言うと、悦子は
「いえ、どういたしまして」と言った。

そのとき、悦子のバッグからポロリと手榴弾が落下し、その衝撃で爆発した。ぼくと悦子の顔が真っ黒になり、髪の毛は巨大なアフロ・ヘアーになった。

「ああん、せっかく美容院行ったばっかりだたのにぃ」

悦子は黒く汚れた顔に残念そうな表情を浮かべた。

「じゃあ、また今度食事に誘ってね」
「あ、ちょっと待って」
「どうしたの?」
「さいきん、この辺り幽霊が頻繁に出没するらしいんだ。だから、部屋まで送っていくよ」
「ありがとう!」

いくら軍隊経験のある悦子でも、銃器の類で幽霊に対抗することはできないらしく、お経が全身にびっしり彫ってあるぼくの存在は心強かったようだ。十歩歩くごとに一人の幽霊を成仏させながら、ぼくらは悦子の部屋に向かった。悦子は冬の夜の寒さに身をきゅっと縮めマフラーにあごを埋めながら、小さな声で「南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経」と呟いていた。

三途の川に渡し船待ちの長蛇の行列ができたとき、ぼくらは悦子の部屋の前まできた。

「清水くん、よかったら少し寄って行く?」

悦子は潤んだ瞳でぼくにそう訊いてきたので、ぼくは

「ヤだ」

と答えた。部屋中に土がびっしり詰まってて匍匐前進でないと移動もできない部屋なんて、入りたくなかったからだ。ふだん土の中に住んでる悦子にはふつうかもしれないが、ぼくは空気中でないと五分と生きられないのだ。

「そう‥‥‥」

彼女が残念そうに呟いてドアを少し開けると大量の土が溢れ出してきて、その懐かしい土の匂いにぼくは小学校のときの草むしりを思い出した。

「じゃあ、おやすみ」とぼくが言うと、彼女も「おやすみ」と言って、土に潜り込んで行こうとした。けど、ふと思い出したように首を土から抜いてこう言った。

「そういえば、さいきんこの辺り嘘の自慢ばっかりする同級生が頻繁に出没するらしいよ。部屋まで送って行ってあげるよ」

ぼくは、持ってるレアカードの多さや自分のミニ四駆の速さなどを延々と自慢されるのが怖かったので、そういう人に対して冷たい態度で接することのできる悦子に送ってもらえるのはありがたいと思い、送ってもらうことにした。

それから、ぼくらは結局、二人の部屋のあいだを合計で30回以上往復した。気づくと、東の空が明るくなってきていた。ぼくらの疲労はピークに達していた。

彼女の部屋の前に着くと、部屋に帰ろうとするぼくに彼女が言った。

「あの、さいきんこの辺り見せブラ一つで阿波踊りを踊りながらエリンギでつくった笛で『イエスタデイ』の低いパートを吹くラトビア人農夫が頻繁に出没するらしいよ。だから、あたし送ってくよ」
「あ、ありがとう


 ‥‥‥って、これ一生続くやんけーっ!!」

ぼくはこのときはじめて悦子にツッコミを入れ、コンビ結成を決意した。2008年のM-1グランプリは、ぼくらのものだ。

2008/01/25

チョムスキー

試験2つとレポート1つを軽くひねってやったぼくは、いまが今学期期末試験の正念場。というより、おそらく大学生活でさいごの試験ラッシュであろうと予想される。四回生は少なめになるからね。

なのに、

なんとうちのマンションの屋上で修理工事が開始され、朝から晩までガガガガガの雨霰。上からの騒音が嫌でこの11階という摩天楼のてっぺんに住んでいるのに、こいつぁアイロニカルだぜ。

頭上で道路工事並みのガガガガガキュイーンドッカーンッが鳴り響いていたら、まともに勉強なんてできっこなく、ぼくはおめおめと部屋を出てゆくのでした。

しかし、この時期の図書館はなぜか人でいっぱいだ。砂場にハチミツを垂らして一時間したら、うわー、お母さん! アリがいっぱいいるよー! 的な密集度。しからずんば、うるさい人がなぜか多いという苦しみの国。嗚呼、あの女の子、とうとう眉毛をキュルンてさせるやつ使い始めたよ。

しからずんばの使い方がおかしいって、そんなの分かってるんだ。いわんや、ぼくは喫茶店に出かけた。いてもたってもいられず出かけた。そこは見た目で女性店員をふるいにかけているとしか思えない某フランチャイズの美女喫茶。

ふむふむ、なるほどね。チョムスキーね。ノーム、ね。アメリカは最悪のテロ国家である‥‥‥と。フセインを支持していたのは何を隠そうブッシュのパパであった、と。プロパガンダのために多用される方法がモホークヴァレーの公式で「お客様、店内混み合ってきましたので勉強はお控えください」

「あ、はい」

従順。それは従順さそのものであった。昨今珍しい、表示に偽りなしの純度100%の従順であった。

ぼくは困った。

ぼくはどこで勉強をしたらよいのか?
ぼくに勉強する自由はないのか?
これは勉強するなという神からのメッセージなのか?

だが、ぼくは店員(けっこうかわいい)が立去った後、恐る恐る勉強を再開した。もう、ぼくには他にいくところがないのだ。仕方ないじゃないか。チョムスキーが待ってるんだ! ぼくはチョムスキーが超好きなんだ! チョムスキーが超好きとか、くくく‥‥‥うくく‥‥‥。


(爆笑)

2008/01/26

失ってから大切さに気づく

自分にとってとても大事なもののはずなのに──いや、とても大事だからなのか、失ってからそれに気づくんだ。あるときはあるのが当たり前。空気なしじゃ一秒だって生きられないのに、ぼくたちは空気に感謝しない。そのありがたさに心が向かない。

失わないとその大切さに気づけないなんて、ぼくたちはなんて愚かな存在なんだろう?

大切なものを失って、ぼくの心には穴が空いたかのようだ。胸にぽっかりと空いた穴を、冬の空っ風が吹き抜けてゆき、なんだか寒い。もう、ドーナツとしての第二の人生を歩む以外に、これからの生き甲斐を見いだせないよ。

『ハンター×ハンター』の休載。

これはもうだいぶ前の話になるけれど、これもぼくにとって巨大な喪失体験だった。あの漫画を読むためなら23年間ぼくを育てて来てくれた両親の期待を裏切って悪の道に手を染めることすら厭わない──それほど、ぼくのハンターにかける想いは強かった。

しかし、無情にも、彼(冨樫)はぼくの目の前から姿を消してしまった。いったい、彼は今頃何をしているのだろう? どうして毎週連載してくれないのだろう? 深夜の公園で、ぼくはずぶぬれになりながら天を仰いだ。

あれから数ヶ月が経ち、連載再開のめどもつかないうちに、さらなる悲報が舞い込んで来た。

時計回りの街角』と『d.j.ペリカンマッチ』の閉鎖!

ああ、神はなんと残酷なのか。まるで旧約聖書におけるヨブのように、ぼくは次々と大事なものを失ってゆく。テキスト系サイトの減少が進んでゆく中で、ついにこのふたつの良質なブログが閉鎖してしまった。

自虐と妄想をドクダミ色の語彙で紡ぐ『時計回りの街角』、なにげない日常にユーモアを見いだし他の追随を許さない文章力で描き出す『d.j.ペリカンマッチ』。彼らの日記に笑わせられて、虹色の生活を送っていたのも今は昔。復帰への一縷の望みはあるけれど、あまりにか細いその希望の糸は、ぼくの心の落下を食い止めるには軟弱過ぎるんだ‥‥‥。

そう、人は失ってから、失ったものの大切さに気づく。

試験直前の時間をこんな日記に費やして、その時間の大切さに、いま、気づいた。

2008/01/31

必修を落としそうになる

テンパった。えらいテンパった。

きのうイタリア語の試験が無事終了し、きょうは最後のレポート提出の日だった。

だいぶ前から本は読んでいたものの、他の試験が立て込んでいたため、ついつい書くのを後回しにし、着手しはじめたのが今日になってから。起床が遅かったため、午後2時から本を読み返したり、紙に案を走り書きしたりしていた。

「窓口は9時45分まであいてるし、まあなんとかなるだろ」

と楽観視しつつ、図書館のPCコーナーで実際に書きはじめたのが5時すぎ。それでも4時間もあれば楽勝さって思ってた。

けど、8時半になっても書き終えられず、焦った。焦りまくった。おや、胸の鼓動がはやくなってるよ? なんか、イヤな感じの汗、出てるよ? そんな感じでがんばること数十分。ようやく9時を過ぎてから完成。

ほっと安堵の吐息。さて、印刷をして提出して、試験終了だぁっ! うっひょひょーいっ!

テーブルの上にのり、ケツ丸だしで阿波踊りをしながら印刷を待っていたのだが、しかし、プリンターがうんともすんともアハァンともいわず、なんだか様子がおかしい。ふとディスプレイをみると、

「規定金額を超えているため、印刷できません」

との文字が‥‥‥。

なんと、よりによって、学年最後のレポートを、時間ギリギリで印刷しようというときになって、1200円分の印刷可能額がなくなったというのだ。う、うおおっ! おうっおうっ!

そ、そんな馬鹿な! これまで一度だって1200円を使い切ったことはなかった! だから残額なんて気にしたこともなかった! 一枚5円ぽっちで、1200円分も印刷できれば240枚じゃないか! おお、おれ、そんなに印刷してたのか!

奇跡にも近い不運に、おれはテンパった。ポケットに「奇運アレキサンドライト」が入ってないか確認してしまった。まさかこんなことがあろうとは。このままじゃ、必修の倫理学概論を落としてしまう。なな、なんとかせねばっ!

「ピコーンッ!」

ぼくは知り合いをみつけてかわりに印刷してもらおうと閃き、PCコーナーを一往復した。けど、こんなときに限って誰もいない。ちち、ちっくしょう! 数時間前にはKちゃんがいたのに! Tさんもいたのに!

仕方がないので、こんどは図書館中を歩き回って知り合いを探した。血眼で探しまわった。しかし、そこに並ぶ顔ぶれはみな知らない人ばかり。探してないときはいろんな知り合いと顔をあわせるのに、こういうときに限って誰もいないんだからなー!

ぼくは図書館を飛び出した。

そうだ、食堂にいけばきっと誰かいるだろう。しかし、行ってみればそこはすでに閉店後のガランとした店内。ああ、食堂の閉店時間すぎてるってことすらわからなくなってるテンパりすぎの男が一人。

「ああ、来年もまた倫理学概論か‥‥‥」

ぼくは絶望の底で、美しい夜のキャンパスを歩いた。チャペルがきれいだ。神様。どうしてあなたはぼくを見捨てなさったのか? エリ・エリ・レマ・サバクタニ‥‥‥。

しかし、そこに一人の救世主が現れた。

そのメシアは、名をHといった。

他でもない、大学でもっとも仲のよい友人の一人である。

彼もちょうど図書館にいって、ぼくと同じ授業のレポートをホチキスでとめて提出しにゆくところだった。こうして、ぼくは彼にPCにログインしてもらい、印刷させてもらって、事なきを得たのでした。

レポート提出時、9時40分。

めでたしめでたし。
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